昨今自分自身のエンディング、人生の最期の迎え方などを記した本や講座など増えてきたなと感じます。

昔「死」はタブー視されていた傾向。

「死」を考えることは生きている「今」をどう過ごしていくかという根本を見つめ直すきっかけであり、気づきに結びつくことなんだなと共感する人が増えたのだと思います。

 

3年前に亡くなった伯父の葬式で実際にあったエピソードを紹介します。

伯父の息子であり、従兄妹のお兄ちゃんひろみ兄さんが見知らぬ高齢の女性の手を引いて案内している姿がありました。

親戚一同「誰あの人?、、、」って感じ。

そして、ひろみ兄さんは遺影の中で笑っている伯父さんに向かい

 

「親父、連れてきたよ❕誰だかわかる?」

 

「親父の初恋の人○○さんだよ~」

 

と突然大きな声で言い放ち、周りがびっくり仰天❕(笑)

続けてその女性も「いそじさん(伯父の名前)、、、いそじさん、○○だよ、、、いそじさん、、、」と泣きながら語りかけている様子だったと。

従兄妹のひろみ兄さんは、親戚に怒られるのを承知で極秘で連れてきたようです。

伯父がまだ元気でしっかりとしていたころ、初恋の話を直接聞いたことがあり、ずっとこころに残っていたらしい。

伯父と同じ年齢85才、不謹慎かもしれませんがご存命かどうかもわからない、たとえご健在であったとしても覚えているかどうかさえわからないし、葬式に来てくれるかどうかもわからない。施設などに入り不自由な身体かもしれない。

わからないことだらけでネガティブな気持ちがきっと湧きあがったきただろうに、探しあてご本人を説得し、連れてきてしまった忍耐?根性?に皆もう笑うしかなかった。

お葬式の場で笑いが出るなんてね(笑)

「もう、あれには本当にまいったたわよ~」と後から私の母も笑いながら話してくれたぐらい。

 

出棺、最後のお別れの時

 

「親父、親父の息子で俺良かったよ!ありがとう」

 

と大きな声で泣きながら深々と頭を下げていたそうです。

身内を誉めるわけではないですが、伯父は貫禄があり、いつも堂々としていた人。

信仰心が深く、おおらかでやさしい人。

会社の人からも人望が厚い人だったようで、よく相談されたり、定年後も勤めてほしいと懇願されしばらく働いていたそうです。

そんな立派な父親を身近に見てきたから、ひろみ兄さんとしては年々弱っていく父親の姿が堪えられなかったようです。

後に施設に入り、大きかった体の叔父の面影はなく小さくなっていく一方。

ほぼ毎日のようにお嫁さんと夫婦二人訪れていたようですが、ひろみ兄さんが施設の中に入り、父親を見舞うことは1度もなかったと聞きました。たった1度も、、、。

実際に見舞ったのはお嫁さんだけ、、、。

ひろみ兄さんは、いつも駐車場の車の中で待機しているだけ。

何度も嫁さんに促されても、叔母である私の母に怒られても頑なに入ろうとしなかった。

「いい年して、何?!自分の親でしょ?!」と失笑されるかもしれませんね。

元気でいつも背筋をピンと伸ばしてどっしりと構えていた父のイメージ、人としても尊敬していた父親への気持ちがいっぱいいっぱいあっただんだと思います。それらの感情と向き合うことから決して目を背けていたわけではなく振り回されていたわけではなく、むしろ次から次へと流れ込んでくる思い一つ一つに対して丁寧に感じ取り過ぎていたのかもしれません、、、。(あくまでも勝手な憶測ですが)

丁寧に感じ取ることが悪いのだと言うことではなくて。

 

逞しい親父と弱っていいる親父

 

どちらもどの状態でも一人の親父です。

 

人は老いて死んでゆく

 

生老病死、、、、人間の一生特に死に向かうその時までをあえて見せること、親が最後に子供に教えてあげられる、遺された者への「生きるヒント」であり、やがて子供にもやってくる老いと死への怖れを少しでも和らげるものになるのではと思います。

 

難しいかもしれないけれど、老いていく親の人生をただ子供は肯定し、見守ってあげるだけで十分なのではと感じることもあります。

 

葬式に連れてきた初恋の人

「親父の息子で良かった❕」

と言い放った一言は、施設に入った親に対する詫びと後ろめたもあったでしょうが、でも一番は、、、

 

ありがとう

 

という感謝と敬意であったのではと感じます。