痩せすぎの女性が増える昨今、
食事はどのくらい大切にされているのか気になった。
今のお弁当はとある弁当チェーンで買うと、
入っているおかずは竜田揚げ、底じきのキャベツ、
僅かな漬物、ご飯にノリ2枚と鰹節がかかっていた。

何か果てない淋しさの中で食べている感じだった。
結局キャベツは残してしまった。

昭和60年のお弁当レシピの本を手に入れた。
表紙の写真を見て、ふっと懐かしさがよぎった。

入っているおかずは、
ハムチーズ巻きのフライ、かにさんウインナー、
ミックスベジタブルの卵焼き、ほうれん草の鰹がけ、
レタス、イチゴにタラコまぶしご飯。

見てるだけでにっこりできる、ほのぼのするお弁当だった。
今は誰もそんなの作らない。
時間がないと言うことを言い訳に選んでいる世の中。
暖かい懐かしさと現代の冷たさにすっと寒気がした。

昔、食事は楽しかった。
皆で暖かい鍋を囲む、お父さんが鍋奉行。
皆で笑いあう食卓。
今は一人、一杯の味噌汁と漬物、ご飯。
修行僧のようだ。
これでも味噌汁がまだ暖かい。

一番淋しいのは、作り手のいない食事。
レンジで温めて手にするたった5個の餃子。

私は何を食べているんだ?

摂食障害はこの淋しさを乗り越えないといけない病気かもしれない。
みんな、人の暖かさ、会話、
現代になるまで失っていった全てを。
果てない困難な食の乱れ。

愛情ではなく、人と接したい、
普通に笑いあえる人との対人関係。
厳しさはもういらない。
優しい、一声かけていたわれる言葉。
とんと見かけなくなった。

忘れてはいけないものは、自分自身だ。
自分磨きといって、マニュアル通りの型に自分を当てはめ、
キラキラ輝く女性の肩に、
淋しい空白を感じるのだ。

お母さんが作っていたお弁当を、
覚えていますか?