義母が  亡くなって 2週間が 過ぎました

結婚して10年目で  やっと嫁と認知される
と言われて
結婚して30年目に なります

月イチぐらいで 旦那さんと義母と3人で
お出かけするように  なってました。

接客業をしだした  義母は 昔ほど  人見知りは
マシになり  よく笑うように  なってました。

義母との思い出は
昔を思い出すと   辛く悲しい出来事が  思い出されます。
でも、亡くなる 10年前からは
私にも 優しく接するように なって
優しいおばあちゃんに  なってたように思います

亡くなる少し前に
ルイ・ヴィトンのカバンと財布を 義母のお古ですが
私に 貰ってほしいと  
涙を堪えるのが  大変でした

義母は 食べるのが 大好きな人でしたが
最後は  1ヶ月 なにも 食べれなくなって  
ガリガリに痩せて  
だけど、最後まで  前向きに  痛さに耐えて
家に帰れるように  頑張ってたんだと思います

亡くなる日は  最後に お喋りはできましたが
最後は  間に合いませんでした。

最後は  息をはくように  呼吸も止まったみたいでした
苦しまず  眠るような最後で  した


今も  まだ  亡くなった という 感じが  なくて
でも  亡くなったと 感じると
寂しさと  悲しさが  込み上げてきます

主人は  すごく  母を  好きで   大事に  してました
兄妹のなかで   1番  母思いな息子だったと
思います
1番  母親似ですし  言葉の節々も  同じで
悲しみも深いんだろうな  と思います

昔をたどれば   いい思いは  ありませんが

でも  私に とっても  大事な義母だったと
思います。




昭和18年生まれの義母は
4人姉弟の長女   家はパン屋さん
多忙な両親の手伝いで  高校中退して
家のパン屋さんを  手伝った
その姿を  今の旦那さんの  義母に 見染められ
結婚する
よく働く姿が   気に入られたらしい
義父は 体が弱く  入退院ばかり していたらしい
肝臓が 弱く  55歳の若さで  亡くなる

昔は コンビニや  スーパーなど なかったから
朝早くから  おきて  ご飯作って
働いて  
夜遅くまで  休むなく  動いてたんだと思う

その結果
50代で 足を 痛める
我慢 と忍耐の  生活だったと思う
私が  嫁にきたときは  ほんとに プライドと気の強い女性だと 感じた

私の旦那さんは  義母が 大好きで  
マザコンだと思う
なので  私が  関わりたくなくても  旦那さんが
私を巻き込みに くるので   
なかば  諦めて  付き合うことに  決めた

結婚して10年  やっと  嫁と認めてもらえた
気がした
とにかく  長男   次男とかを  重要視する人だった
外孫より 内孫が   可愛い
ばかり  親戚の集まりでは  言われたな

親戚の集まりでは
私と子供たちは  仲間に入れてもらえなくて
よく  泣いた
自分は  どうでも 良かったけど
子供たちまで   仲間に入れてもらえないのは
ほんとに  こたえた
旦那は  なにも  してくれない  
そんな  親戚の集まりは  苦痛でしか なかった



元旦に 義母が 亡くなりました

結婚して 今年で30年
30年前   義母との初対面は 最悪でした
デキちゃった婚だったため
義母に  泣かれ  無神経な言葉で 傷つけられました
旦那の 父は  早くに亡くなり
商売を切り盛りしていた  おばあちゃんも
病に 倒れていました

私は  おばあちゃんが 元気だったら  結婚を
許されて いなかったらしいです

そんな  結婚のスタートでした
結婚した当初は  法事   葬式と  行事が  重なり
20歳  そこそこの私に とって
無我夢中で  その場を  乗り越えて きました
泣いて  別れようと  旦那に  吹きかけたことも
何度もあります
とにかく  親戚の集まりが  大嫌いでした

今思えば  連れ添った旦那さんに  先立たれ
お義母さんも  必死だったんでしょうね
家も商売していましたし
義兄さんと2人で  

お義母さんを大好きだった旦那さんは
その当時  私の味方では  ありませんでした
仕事も 忙しくて
今で言う  ワンオペ状態

ここまで  思い出して  書いてて
一つも  楽しく ないですね笑