よく
「なんで教育学専攻なの?」
「先生になりたいの?」
って言われます。
慶応では小学校の教員免許取れないし、
中高の教職課程は他の大学に比べて死ぬほど取りにくい。
そもそも先生になる気なんて最初からありません。
そう、理由は単純。
昔から「学校」とどうも反りが合わない。
”学校がなんか嫌” だからなんです。
は(゚⊿゚)??
って思うよね。
うん。
そうなんです。
嫌いだからこそ、知りたくなったんです。
なんで自分はこんなにも学校教育と気が合わないのか。
「なんか嫌」の「なんか」をはっきりさせたかったんです。
小学校、中学高校、大学。
すべてに共通するのが成績の悪さw
(頭が悪いだけとか言わないでヽ(`Д´)ノ)
授業に興味がもてない、無気力でさぼりがち。
人とぶつかることの少ない性格なのに、
学校の先生とは何度も言い合いをしてきたこと。
なんでも楽しもうとする私の中では、かなり特異な存在。
なかなか動機づけをして自分を乗せていけない。
面白いことに、塾はむしろ大好きってことw
勉強が嫌いなわけじゃないんだよねー。
純粋に好きなことを学びたかったら
西洋史や東洋史、美美、
大好きな芸術や世界史のオタ道を選んだ。
そっちの方が勉強してて幸せだったのは間違いない。
専攻決めの際、その道もちょっと考えた。
で も ね、
みょーーーーに教育学が目の前をちらついたんですよ。
もう気になって気になって。
実際は
一番人気でツブシが利きそうって理由だけで
何勉強してるのか全く知らないw人間科学を第1志望で出したんだけど、
まぁ興味がないので当然レポート書けなくて落ちたよね。
そして教育の道へ(゚∀゚)
”教育とは”をゼロから学び、
子供の発達心理に寄り道をして
小学校のボランティアで当時犬猿の仲だった担任と同僚になってみたりw
卒業するまでにこの謎への自分なりの答えが出ればいいなと思ってたんだけど、
ここに来てちょっと見えてきた気がするの!
まだぼんやりしてて上手く言えないんだけど、
私が受けてきた学校教育って
”生きる”
っていうリアリティがない世界って感じるんだよね。
生きていくってことからかなりかけ離れた所にあるのが学校。
そんな気がする。
デューイの提唱していた初期の学校教育には少なくともそれがあったように思うけど
日本の近代改革から流れを汲む今の学校には感じられない。
リアルじゃないからピンと来なくてやる気が出ない。
ゼミではっとしたのが、
”学校では教育上悪とされるものを極力排除して教えない。それはどうなんだ”っていう
ある変わった男子の卒論テーマw
私が学校の教師のこと気に入らないのも、
ここにある気がしてきた。
私が思うに善悪の基準なんて人それぞれ。
文化が変われば「悪」が「善」として捉えられてることもあるし、
常識っていう概念も
結局は私が生きてる世界の大多数、あるいは有力者の価値観で測られたものにすぎないでしょ。
それでも学校教育には一定の理念や価値観の基準を定めなくちゃやっていけないわけで。
そもそも教育ってそういうものであって。
偽善や単なる理想だとしても
教師はそれを子供に貫き通していかなきゃならない。
「こう生きるのが正しいんだ!」って。
私も教師を一人の人間としてじゃなく、
あるべき手本(理想像)のフィルターで見てたみたい。
だから何度も幻滅して、「教師」ってものが嫌いになる。
でもね
大人になって
教育について学んで
小学校の先生と対人間で議論して、
先生の立場で物が見られるようになった今、、、
色々見えてきた。
気がしなくもない。
学校への見方が変われたことは
私の人生における大きな収穫(^ω^)