noteでもジャニーズ性虐待の件について私見をシェアしているのですが、いいねをして下さった方が、日本の『男色文化』と合わせてこの件を考えられていました。
主眼となるのはざっくりまとめると『性虐待は違法だしあってはならない事だけれど、日本社会に男色文化の下地があるので、BBCの『性犯罪を受け入れる日本社会の謎』というレッテルは西洋の価値観の押し付けだ』という主張でした。
私はLGBTQ当事者として、『同性愛』と『男色文化』と『ジャニーズの性虐待』を一緒にされると、とても困るな、と感じたのでその方の記事にコメントしました。
コメントしていくことで考察が深まったので、シェアさせて下さい。
私の認識では日本は江戸時代の記録を見ても、性に対しておおらかな文化があったと思います。
しかし、文化と書きましたがその中でもレイプやどちらかが我慢している性行為もあるし、政治的にそうせざるを得なかったパターン、さまざまな有様があったと思うんです。
日本に限らず古代ローマも男色や少年愛といった言葉で形容される文化があったと認識しています。
だからと言ってそれが現在、少年愛を含む男色に対する肯定的な認識や文化が続いていると思えません。
日本も1990年代くらいからLGBTQという言葉が広まり始め、当事者たちは男色というよりゲイというアイデンティティーで自分の存在を肯定していく流れがあったと思います。
ゲイというアイデンティティーを持つ方々も、今だに自分が同性愛者であることを明言しづらい状況だと認識しています。
なので、現代の日本でも男色が日本文化として浸透しているというのが果たしてどこまで主張できるのかが、私は疑問です。
合わせてその方が、もし女性のアイドルが性被害にあっていたら、もっと加害者は社会的立場を失っていただろうと書かれていて、これもジャニー喜多川氏批判でよく読む観点でしたが、何か違和感がありました。
お風呂で逡巡していると、あ!これはフェミニズムの扱っていた問題だということが腑に落ちました。
つまり、女性アイドルと男性アイドルで性に対して適応される規範が違う、なぜなら女性アイドルは産む性としての貞操を求められるのでレイプされるなど論外、男性アイドルは経済活動に参加する性として、自らの体を性の道具としても、社会的成功を求める親がいて、男性の性が尊重されていない。というジェンダー規範が影響している図式ではないかと気づきました。
この方のお陰で、この出来事に対する考察が深まり、結果的には感謝することになりました。
男性の性、昭和や平成では人権無視の男尊女卑の考えから、アグレッシブさが良しとされ、一列並べで語られていたイメージがあります。
今は合意のない性行為はどんなものであれアウトだし、そんなの文化じゃない。
男性/女性のみならずあらゆるジェンダー、セクシャリティーのひと一人一人の性の在り方が大切にされることに向かっている時代だからこそ、BBCがこの問題を取り上げてくれたと思っています。
良い時代になっていっている。
そう思うしそうしていきたいなと強く感じます。
