「なぁ、良いだろ?」
「嫌よ」
 涼しげな瞳で、きっぱりと言い放たれたその言葉をストレートに受けて、青年は涙目でがっくりと頭をたれた。本日五度目のアタックは、沈みかけた夕日を背に受けながら、静かに、失敗に終わろうとしていた――。



『思慮深い夜は』



「・・・」
 ダークブルーの瞳が困ったように見つめている先には、先ほどから噛みあわない会話を続けているふたりの姿がある。

 きっかけはほんの些細な事だった。やって来た街で宿を取ろうと向かったが、生憎と数年ぶりの祭りが行われるということで、訪れる旅人達で宿屋が埋まってしまい、そんな中ようやく探し当てた別の宿屋には小さな部屋が一室しか残っていない。しかし泊まるのは三人――少年と青年、あと一人はまだうら若き乙女だ――さて、一体誰が泊まればいいのか。
「――なぁ、シルキス~。本当にダメ?」
「ええ、ダメ」
 さらに六度目のアタックも失敗に終わった所で、青年――ルイユベルは大きなため息と共にがっくりと項垂れてしまった。さほど悪くない容姿を持つために女性に好かれるルイユベルでも、少女――シルキスを前にしては太刀打ち出来ないようだ。
「いい加減にしなさい、ルイ。何度言われても、あなたと一緒の部屋には泊まれないわ」
 シルキスは涼しげな瞳を浮かべると呆れたように腕組みし、フイと顔を背けた。シルキスは年の頃もまだ十五、六歳だが、その身のこなしや言動、雰囲気はもう大人のそれで、そこに年齢相応の愛らしい容姿が加わって誰もが振り返るほどの美少女なのである。
「――あの、ふたりとも。今日はもう野宿にしよう?」
 気まずくなるふたりにとうとう耐え切れず、柔らかな少年の声が割って入った。先ほどから不安げに見守っていた、ダークブルーの瞳を持つ、見目愛らしい少年だ。「清楚」という言葉は、きっと彼のためにあると断言できるほど、少年にしては似合わない可憐さを持ち合わせている。
「ダメよ、セーレ。あなたの安全が第一なんだから」
「でも――」
「いつ聖堂騎士達に見つかるか分からないのよ」
 ぴしゃりと言い放つシルキスに、セレインは思わず口をつぐんだ。不運なことに、その特殊な血筋と生い立ちのゆえ、セレインは命を、もしくはその身柄を拘束されるかもしれない危険を、常にはらんでいた。ルイユベルとシルキスは彼とひょんなことから出会い、様々な過程を経て、彼を守りつつ旅を続けているのだった。
「だけど、僕一人では宿屋で休めないよ。ふたりとも疲れてるのに、そんなこと」
「だーかーらー、三人で仲良く、同じベッドで休めば良いんじゃん!だろ?」
「――そうね」
「え?」
 健気に声を高くあげるセレインに、シルキスはそっと目を閉じ嘆息する。そして、傍らで馴れ馴れしくルイユベルが肩を抱き寄せようとするのを手で払いのけ、突然シルキスは頷いた。ルイユベルとセレインが驚いた顔をするのも間もなく、
「――最初からこうすれば良かったわ。行くわよ、セーレ」
「えっ、シルキス・・・!?」
 そのままぐい、と有無を言わせずセレインの手を引くと、シルキスは宿屋のある方へとスタスタ歩いていってしまった。
「お、おーい、オレは??」
「あなたは一人でどうにかなさい」
「そ、そんな~・・・」
 シルキスに半ば無理矢理連れられていくセレインの困ったような表情を見送りながら、いつの間にやらルイユベルはひとり、街の通りに取り残されたのだった。



***



 思い出すのは、家々に灯された暖かい光の数々。
家を飛び出したのはいつだっただろう?あの居心地の良い場所から逃げ出したのは―――いくつの時だっただろうか。
思い出すのは、あの暖かい光。
思い出すのは――。



「―――ん。やべ、寝ちまってた・・・」
 気づけばあたりはもうすっかり闇夜に包まれていた。あれから数時間ほど経っているらしく、出歩く人も少ない。ルイユベルは寂しい夕食を取った後、人通りの少ない広場の階段でしばらくぼんやりしていてそのまま寝入ってしまったらしい。
「・・・シルキスとセーレ、もう寝ちゃったのかな。寂しいなぁ~・・・」
 たったひとり、強制的に野宿状態とされたルイユベルは、階段を枕にごろりと身をもたげた。
――静かな夜だった。遠くで人々の笑い声などが聞こえてくる程度で、それをまるで子守唄のように、風が穏やかに運んでくる。空を見上げれば綺麗な星空が広がっている――この分なら、どうやらそれほど寂しい思いもしなくて済みそうだ。
「・・・オレも、そろそろ寝ようかなぁ」
 寝たばっかりだけど、と苦笑しながらもう一度瞳を閉じてみる。しかし先ほど見た夢のせいか、なかなか眠りに落ちてくれそうもない。
(・・・しかし、暖かい光だなぁ・・・。どこの家も、暖かい光が灯ってる)
 ルイユベルは半身を起こし目線の先を見据えた。広場の向こうに連なるように続く、懐かしい暖かい光。夢の中でもそれはいつまでも灯っている。しかしルイユベルがその灯りに近づく事は無く、手に入れられないのだ。
(――そう。オレは自らその光を捨てたんだ。いまさら・・・自業自得ってやつだ)
 思わず視線を逸らし、ルイユベルは固く瞳を閉じた。感傷的になるのは自分らしくない・・・そう自分に言い聞かせるように、強引に眠りに就こうとする。
「・・・おい?」
 当たり前のように感じていた――この暖かい光。守ってくれる家族がいて、心安らげる場所がある。それをいつの間にか退けて、最終的にそこから逃げ去ったのは自分だった。たとえその事にルイユベルの様々な想いが隠れていても、一度退ければ・・・あの時の光はもう二度と手には入らない。
「・・・なあ、お前」
 けれどあの時の光はもう無理だけれど、新しい光ならいつかどこかで得られるのだろうか。誰か、この手を引いてくれる人が現れるならば?
「――ルイ、ルイユベル!!」
「!」
 突然、夢見ごこちの状態から、がくがくと揺さぶられてルイユベルは飛び起きた。驚いて辺りをきょろきょろと見渡し、何が起きたのかしばらく把握できなかったらしく、ぼんやりした顔でようやく両肩を掴まれている事に気づき、強く掴まれている手の主を見やった。星空の下でもその髪は青く光ったように見える。そしていつもなら控えめな薄蒼の目が、今宵は鮮やかな蒼をしていた。
「――え、ファイゼル??どうしたんだ、こんな所で?」
「お前こそどうした?なぜひとりでここにいる?セレイン様たちはどうしたんだ??」
「・・・ああ、はいはい。そんな一辺に言われても答えられないって。取りあえず手、離してくれよ。ほんと馬鹿力だなぁ、お前」
「――あ、すまん」
 鮮やかな蒼がいつもの薄蒼へと変わる。感情が高ぶるといつもそうなるらしいこの瞳の主はファイゼルという。ルイユベルと年の頃も近い青年だ。本来なら、セレインを守りながら旅を続けているルイユベルたちにとっては敵と見なされる存在――聖堂騎士団に所属する聖堂騎士であるが、彼はその中でも穏健派と呼ばれる派閥の人間ゆえに、ルイユベルたちとも一応、交流を図っている。わざわざ「一応」と表記するのは、彼の真意が未だに分からないためだ。

「――で、一体なぜこんな所で寝てたんだ?」
「だから泊まる部屋が無かったんだよ。一部屋しか。なら当然、オレがおっ放り出されるだろ?そんなわけでひとり寂しくここで寝てたわけ」
「・・・う~ん。お前の説明はいい加減だが、よく分かる気がするな」
「それどういう意味だよ!」
 妙に納得してしまいルイユベルを怒らせてしまったようだ。ふくれっ面の彼の機嫌直しのためにファイゼルが穏やかに話しかける。
「まぁ、怒るな。せっかく俺が手助けしてやろうと思ったのに」
「手助け?いらねーよ」
 不機嫌な顔でそっぽを向いてしまうルイユベルに、ふっ、と含んだ笑みをファイゼルは浮かべる。
「そうか。――見ての通り、俺も所用でこの街に泊まってる。部屋数が少ない所を正直無理言って泊めてもらっているが・・・お前ひとりくらいなら相部屋になっても構わない、とわざわざ申し出てやっているのだが?」
 図星だった。このままでは朝までここで過ごさなければならないことは確実だ。夜明けまで酒場で飲み明かす、ということも考えはしたが、よくよく考えてみると、自分はあまり酒に強くない。ならば、ここはプライドを捨てて、低姿勢で願い出れば、相手も気を良くして寝床を分けてくれるだろうが―――しかし、それでもなお、屈辱的な感情が押し寄せては戻りするのをルイユベルは必死でこらえた。仕方ないのでやせ我慢で同じ含み笑いを返してやる。
「・・・お前って、つくづく嫌味な奴だな」
「じゃ、俺の手助け――いらないんだな?」
「い、いります!お願いしまーす」
 両手を目いっぱい上げて懇願するルイユベルに、現金な奴だな、と苦笑し、ファイゼルは羽織を翻してゆっくりと歩き出した。すぐさま、嬉々として彼がついてくるのを横目で見やると、肩をすくめる。

 ―――騎士としての善意、なのか、あの方を監視するための駒なのか―――
 
(・・・何にせよ、これ以上、今は―――深く考えまい)
 歩きながら、空を仰ぎ見る。漆黒の空に星屑が美しく散りばめられていて、いつぞや見た夜空を思いだす。
白壁の美しい修道院に一晩身を寄せた時のこと、眠れずに中庭へ出て、星でも数えてみようとしていたら、あの人の姿を見かけて。バルコニーに身体をもたれさせ、彼女も星を眺めていた。
『眠れないの?ファイゼル―――』
 あの人はいつも、優しい微笑みを浮かべていた。まるで幻のように、儚い―――淡い色をした瞳が、今も目に焼き付いている。その彼女は、今はもう、どこにもいないのだ。
『―――あなたは、見失わないで。私のかわりに――いいえ、あなたのために―――』
 あの時、その優しい微笑みの中に、何か深く思慮しているような――そんな悩ましい表情を浮かべていたようにみえて。その訳を聞くことが出来なかったのが今となって心残りである。
「―――なーファイゼル、早くー!!」
「――分かった分かった、今行く」
 少しの間感傷的に浸っていた所を、ルイユベルの明るい声によって現へと戻される。
「あ、オレ、セーレ達に泊まれることになったって言ってこようっと!」
「――は?・・・!!ちょ、こら!待てルイユベル!!・・・ったく」
 嬉々として宿屋に駆けこんでいくお調子者(ルイユベル)に呆れつつ、ファイゼルは仕方なくゆっくりと彼の後を追うべく宿屋へと入って行った。
 思慮深い夜は、かくして更けてゆく―――。



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*あとがき的なやつ*

 

ひええええええ

相変わらずながら悲鳴しか出てこない(汗)

この設定思いついたのが2006年とか・・・相当古いやつです(><;;)

きっかけは3人で旅するような話を書きたい・・・という安直なやつで。イラストを(ど下手なんですが(笑)描いてみて「あ、こんな感じがいいなー」とかいろいろ想像しながら設定を考えて・・・未だに完結してません(笑)

時折思い出しては、書きたいな・・・と思っててもなんだか忙しくて集中できない。。というループに毎回陥ってしまう。。

これもいずれ完結させたいですね(笑)