「もう、この人ってば身体は辛いのに作曲ばかりしてるのよ。嫌になっちゃうわ。」
律子さんのいる横のテーブルには束になった譜面がたくさん置いてあった。

「作曲するのが作曲家なんだから仕方ないよなぁ。ジュンケイ…」
「はい、そうですね。」

律子さんは一度ジュンケイを見てから岡崎さんに
「今、ジュンケイ君は20年前の
あなたみたいな状態らしいわよ。」
「20年前?あぁ、そうか…ジュンケイ曲が書けないのか?」

ジュンケイさんは力無く頷く。
岡崎さんがジュンケイさんを見ながら優しく微笑んだ。
「作曲していると周囲期待やプレッシャーで手が進まない時がある。安心しろ、俺が全部あっちに持って行ってやるから。」

「岡崎さん、そんなこと言わないでください。きっと、手術は…」
岡崎さんがジュンケイさんの手を両手でぎゅっと握る。

「ジュンケイには伝えたいことがある。」
ひたむきな努力と音楽への情熱、その姿のおまえが好きだった。何度もおまえに勇気づけられから…
きっと、人を笑顔にできる曲ができるはず、おまえの才能を信じてるぞ。
がんばれジュンケイ、がんばるんだ。

二人の姿に視界が潤んでくる。
ふいに岡崎さんが私に…
「これから、ジュンケイの才能を大きくするのは支えてくれる人が必要。だから、ソニルさんにはジュンケイを支えて欲しいんだよ。」
その言葉に私は何度も強く頷いた。

病院を出た私達は公園のベンチに座り無言で夕陽を見つめていた。
「ジュンケイさん、前に言ってましたよね。やりたいからやってるだけって…」
「……」

真っ直ぐジュンケイさんの顔を見ながら
「曲を出すのは辞退しましょう。」
「な、なに言ってるんだ。」

「今の気持ちのままでは曲を作っても ダメだって思うんですよ。」
そのまま話を続ける…
「岡崎さんから見ると未来のある私達は夢の時間を繋いでいくために存在してるんじゃないかって…」
「ソニル…」

こぼれそうな涙を拭きながらスマホを出してジュンケイさんと一緒に岡崎さんの曲を聴いた。


“ジュンケイさんは岡崎さんや律子さん、そして待っていてくれるファンのために…
もちろん、ジュンケイさんのためにも心のこもった曲を作ってもらいたい。
そう、明日からまた頑張ろうって……人が笑顔になれる曲を ジュンケイさんはそれができる人だと思っていますから…”

下を向いたまま黙っているジュンケイさんだった。

あ~!?

急に大きな声を出しバッと顔をあげて立ち上がる。
「ソニル、やっぱり俺は音楽を愛しているぞ。」

「帰ろう。今、俺は無性に曲が作りたい。」
私の手を握って引っ張るように寮に帰る。

寮に戻りスタジオへ…
「ねぇ、ねぇ。こっちとこっちどっちが元気になれる?」
私に2種類のメロディを聞かせてくれた。

「私は最初の方が…」
「そうだろ?さっき、ソニルといる時に浮かんだメロディなんだ。」

そして、
「ソニルは〈MUSE〉みたいだな。」
「ミューズ?」
「ギリシャ神話の女神のことさ」

生き生きとした瞳で作曲をするジュンケイさん。その横顔をながめながらホッとしていた。

明日は曲の締切日…