戦略的曖昧さ ~ 穏便に[No.309] | 起業して不安はあるもののワクワクしている50歳・IT技術者・中小企業診断士のブログ

 English

 

 敢えて自らの姿勢を曖昧にすることで事を荒立てない狡く賢い方法がある。例えば、上司に他部門の動きの悪さ、怠慢、横柄さを訴えたところで、上司がその解決に向けて積極的かつ迅速に問題がある他部門に働きかけてくれるとは限らない。可能な限り穏便にというのが管理者の本音だ。機会があったら伝えておく、、、そんな機会、滅多に訪れることはない。問題が相当に大きくならない限り、こういった不満は表出されることなく地下で溜まり続ける。

 

 先日、アメリカのバイデン大統領が台湾を中国が攻めた場合のアメリカの対応について問われ「守る」と言い切った。以前にも同様の発言をしている。それまでの「一つの中国」に遠慮して、明言を避け台湾を密かに支えるスタンスを続けておけば良かったのでは?ちょっと態度を明確にしすぎでしょ?失言でしょ!下手すると米中ガチンコ対決から世界大戦に発展しかねない・・・といった不安の声が拡がった。台湾・中国問題に関して敢えて自らの姿勢を明言せず正面衝突を避ける戦略的曖昧さより一歩踏み出し、ロシアのウクライナ侵略に刺激され、中国に同様の暴挙は断固として許さない!といったアメリカの毅然を感じさせる出来事だった。

 

 

 このような曖昧さについて私にも似たような経験がある。私がトラブルを抱えていて有償で専門家に仲裁を依頼した時の話しである。当初は誠意を持って対応いただいていたが、徐々に状況が膠着するにあたり、積極的な働きは乏しくなり「言われたらクレームにならない程度の最低限のアクションを取りつつ時間切れを待つ」といった消極的な姿勢に変わった。不作為。クライアントの役に立たない短期的な自らの保身のための消極は、専門家自身の長期的な停滞につながると感じた。クライアントの酷評により口コミ等による今後の機会拡大は得られるべくもなく、さらに安全ばかりでは経験に基づく自己成長も期待出来ない。

 

 かつて企業における顧客との関わり方について、お客さんとの政治の話は避けた方がいい、趣味とかプロ野球の話くらいに留めておくべきとか言われていた。政治が絡んでくると、それぞれの「正しさ」とか「大切にすること」つまり今流行りの言葉purpose(目的、存在意義)が顧客と衝突して面倒なことになりかねないからだ。だからそこは曖昧に留めておいて、変なとこでぶつかることなく、取引を円滑にして儲けましょう、ということだ。しかし、ここ最近「正しさ」を置いといて儲けることが難しくなってきた。SDGSとかエシカルといった自らの「正しさ」を会社の姿勢として明確に示しクライアントさらには社会の賛同を得られないと商売が成り立たなくなってきた。アメリカのJ&J社がウクライナを侵略しているロシア国内での生活用品の売上を諦めたものの医療品に関しては継続する判断を下した「正しさ」みたいに。

 

 企業も個人も少しでも素行が悪いとネット等ですぐに叩かれてしまう。あまりにそういった綺麗事が行き過ぎると、昭和の時代の古き良きいい加減さが時に懐かしく思い出される。今では倫理だ何だと叩かれてしまいそうな熱すぎるおでんを口に突っ込まれるリアクションを売りとするお笑いみたいに。しかし、おしなべて今の方がかつてより状況が好転しているのは間違いない。そんな中、大切なのは自分の軸をもつことだと思う。軸を持ち、曖昧さを排し主張すると他者との衝突が避けられない。重要な判断を迫られた時、皆の判断が完全に一致するなんて事そんなにない。2つに意見が割れて自らの判断がそれぞれ51%と49%だとしたら51%の方を選んで、その正しさをシンプルに粘り強く訴え続けていたい。49%の方を絶対100%正しいに決まっている、常識でしょ!といった短絡に染まらない強さを持っていたい。

 

正しさを謳ったbeach boys