コンパクトシティ〜実家が凄い山奥にある僕の思い[No.125] | 起業して不安はあるもののワクワクしている50歳・IT技術者・中小企業診断士のブログ
文章長すぎ!って方は赤字部分だけお読みください。
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コンパクトシティとは郊外に散在している住宅、店、病院、会社などの生活拠点を中心部にギュッと集めることで、交通、上下水道などの社会インフラにかかるコストの抑制や、車を必要としない生活といった利便性を目指した町づくりのことである。背景には少子高齢化にともなう通院、買物弱者の増加や、右肩上がりの成長が見通せなくなったことによる財政の限界で全地域あまねくの社会インフラ維持が難しくなってきたことがある。

僕が十代後半の頃はこのようなこととは逆のことが起こっていた。スーパーや飲食店は地価の安い郊外に向かい、駅前はシャッター通りといった俗にいうドーナツ化現象が進んでいた。Japan as Number Oneとか言われていた時代で貿易黒字のハンパない大きさをアメリカから怒られていて、それを緩和するためにアメリカの大型商業施設が進出できる環境を整えろ!って圧力がこのような動きを後押しした。

正しさは時代の要請に応じて、その姿を変える。

そんなことで今の時代はコンパクトシティを望んでいるワケだけど、僕は少し複雑な思いを持っている。何故なら僕の実家は凄い山奥にあり小学校からの距離は僕が一番遠かったので、そんな山奥に住んでないで市街地に移りましょう!ってことになりかねないから。

大昔から先祖が住み続けてきた、四季折々の自然に囲まれた幼少の思い出の詰まった土地を効率性との天秤だけで捨てられない人も多いと思う。少しくらい不便だってコストかかったって、郷愁が厄介事をかき消す。このような効率性だけでは説明の付かない感情面も踏まえた上で政策を進めてくれたらと思う。

STRAWBERRY FIELDS FOREVER (幼少の頃へのノスタルジーと現状の煩わしさを感じさせるジョンレノンの曲)

今後縮みゆく財政を効率的にってことは凄く理解できる。ただ、もう少し工夫できる余地もあると思う。例えば社会インフラの品質を高いレベルで維持しすぎている気がする。ハワイやグアムを旅して、びっくりしたことは結構、路面の凸凹な道路が多かったことだ。こんなのも場合によってはありだなって思った。一方、日本は年度末になると、綺麗な道路を掘り返して予算消化のための不思議な工事が行われていたりする。交通量に応じて、費用対効果を鑑みて、維持にかける費用にメリハリをつけても良い気がする。

またセンサーを道路、橋、トンネル、上下水道などに設置して、ビッグデータを収集、分析して微妙な変化を読み取り異常を察知するといった人手を廃した効率的な管理手法の進化がこのところ著しい。さらに電気やガスの使用状況によって遠くに住むお年寄りの安否の確認ができる仕組や医療の遠隔治療も実用化の段階に入りつつある。このようなITの利用によって管理や診療に要するコストと時間は今後の更なる技術の発展とともに飛躍的に削減が進むものと思われる。さらにgoogleが先頭に立っている自動運転技術や、HONDAなどが開発を進めている歩行アシストロボットが実用化に至れば、お年寄りの移動困難に伴う不便は随分と解消されることになるだろう。

春の夜明けにふと目を覚ました時に聞こえるモヤの中からの鳥の声、夏の夕方のちょっと寂しげなヒグラシの声、秋の田んぼで籾殻を焼く匂い、冬のすきとおった空気の向こうに浮かぶ妙に輝いている星、は効率性って言葉を野暮にしてしまう。そんな既得権を出来ることなら守りたい。オヤジになってくるとこのような情緒が、素敵な女性と共にする時間と同じくらい魅力的に感じてしまうから。結果的に中心部への過度な集中的投資が避けられなかったとしても可能な限りの工夫で以ってマイノリティへの配慮も忘れて欲しくない。


たまには携帯の電波も通じない山奥で人や情報との交わりを断って心を鎮めるのもいいのかもしれない。ビートルズのOctopus's Garden(俗世間に疲れたから海底の静かな岩陰でゆったりと隠れていたいって曲)みたいに。そんな秘密基地みたいなところでの、ゆったりとした作戦タイムによってでしか気づけないこともある気がする。

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