いつもより早い午後に乗った帰りの電車で、その人を見た。向かい側の少し斜め右に座っていて、きれいな手をしていた。その手は水色の簿記2級の使い古した問題集を持っている。12月終わりの冬には寒そうだが、整った形の黒いトレンチコートを着ている。一人のサラリーマンだった。見ると、後頭部の髪の毛が、にわとりの毛みたいにそり返っている。マスクで口元は見えなかったが、整った眉に太陽の光を受けたやや薄めの色をした目(いわゆる塩顔ってやつだ)。きれいな目元だったが、疲れて見えた。手足は長くて、シルエットが何ともきれいだ。

 本当に疲れているようだった。睡魔と戦っているのか、目をぐりんと回しては手元の問題集に顔を向けていた。それを幾度も繰り返す中、その顔を見つめていたが、一度も彼と目が合うことはなかった。特急電車の長い道のりの中、いつの間にか彼は顔を垂れていたが、やがて目を覚ますと勉強を再開していた。一度でいいからマスクをとった顔を見たいと思ったが、その願いは叶うことなく、彼は一つ前の停車駅で降りてしまった。願わくば、いつかまた見かけたい。そうでなければ一日も早くその疲れがとれますように。昨日も今日も、明日も、おつかれさまです。