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Take It Easy 。そうだ、そうかも知れない。
1970年代にそんな曲があったことを思い出した。
ちなみに、イーグルスよりジャクソン・ブラウンのバージョンが好きだな。
(誰もきいていませんね。)
いま、ネットで歌詞を見たら、結構いいこと云ってますね。
一部分訳してみます。
Come on, baby
Don't say maybe
I've got to know if your sweet love
Is gonna save me
We may lose and we may win
Though we will never be here again
So open up, I'm climbing in
So take it easy
曖昧なことは云わないで、
ねえ、そばにおいで。
君の暖かな愛が僕を救うなら
僕は知らなければならない。
僕等は勝つか負けるか分からない。
二度と此処には来ないかも知れない。
だから、ドアを開けて乗り込もう。
そう、気楽にね。
『サンタクロースって、本当にいるの?』
先日そのこたえを見つけました。こたえは100年以上前のアメリカの新聞の社説ににありました。
当時8歳のヴァージニア・オハンロン
がニューヨーク・サン編集部に「サンタクロース
はいるのですか」という内容の手紙を送ったことから物語りは始まります。手紙の概要は、彼女が「サンタクロースはいるのかどうか」について友達と意見を交わした際、サンタクロースはいないという者がいるので結論が知りたく、父親のすすめで新聞社、ニューヨーク・サンに手紙を出したというものでした。
『記者さま わたしは、八つです。
わたしの友達に「サンタクロースなんていないんだ」って言っている子がいます。
パパに聞いてみたら、
「サン新聞に、問い合わせてごらん。
新聞社で、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、確かにいるんだろうよ」と言いました。
ですから、お願いです。教えてください。サンタクロースって、本当にいるんでしょうか?
バージニア=オハンロン ニューヨーク市 西95丁目115番地』
当時、ニューヨーク・サンの論説委員であったフランシス・チャーチ
は、上司からこの質問についての社説を書くように指示され、初めは当惑しながらも1日で手紙についての社説を書き上げました。
「Is there a Santa Claus?」という題名で、投書してくれたことに対するお礼とヴァージニア・オハンロンからの手紙の内容を載せた後に、「VIRGINIA, your little friends are wrong.(ヴァージニア、あなたの友達は間違っています)」の書き出しで始まり、特に有名な「Yes, Virginia, there is a Santa Claus.(そうです、ヴァージニア、サンタクロースはいるのです)」の一節を含む、目に見えるものしか信じない悲しさと、目に見えないものの確かさ、不変さ、そしてそれを信じることの素晴らしさを説き、サンタクロースの存在を支持するこの社説は新聞のトップ記事に載り、大きな反響を呼びました。ニューヨーク・サンはこの社説を、同紙が廃刊となる前年の1949年まで毎年、クリスマスがくる度に掲載しました。
全文を載せておきます。
『バージニア、お答えします。
サンタクロースなんていないんだという、あなたのお友達は間違っています。
きっと、その子の心には、今はやりの、何でも疑ってかかる、
うたぐりや根性というものがしみこんでいるのでしょう。
うたぐりやは目に見えるものしか信じません。
うたぐりやは、心の狭い人たちです。心が狭いために、よく分からないことがたくさんあるのです。
それなのに、自分の分からないことは、みんな嘘だと決めてかかっているのです。
けれども、人間の心というものは、大人の場合でも、子供の場合でも、
もともとちっぽけなものなんですよ。
私たちの住んでいる、この限りなく広い宇宙では、人間の知恵は、一匹の虫のように、
そう、それこそ、ありのように小さいのです。
その広く、また深い世界を推し量るには、世の中のことすべてを理解し、
すべてを知ることのできるような、大きな深い知恵が必要なのです。
そうです。バージニア、サンタクロースがいるというのは、決して嘘ではありません。
この世の中に、愛や、人への思いやりや、真心があるのと同じように、サンタクロースも確かにいるのです。
あなたにも分かっているのでしょう。世界に満ちあふれている愛や真心こそ、
あなたの毎日の生活を、美しく、楽しくしているものだということを。
もしも、サンタクロースがいなかったら、この世の中はどんなに暗く、寂しいことでしょう。
あなたのようなかわいらしい子供のいない世界が考えられないのと同じように、
サンタクロースがいない世界なんて想像もできません。
サンタクロースがいなければ、人生の苦しみを和らげてくれる、
子供らしい信頼も、詩も、ロマンスも、なくなってしまうでしょうし、
私たち人間の味わう喜びは、ただ目に見えるもの、手で触るもの、感じるものだけになってしまうでしょう。
また、子供時代に世界に満ちあふれている光も消えてしまうでしょう。
サンタクロースがいない、ですって!
サンタクロースが信じられないというのは、妖精が信じられないのと同じです。
試しに、クリスマス・イヴに、パパに頼んで探偵を雇って、
ニューヨークじゅうの煙突を見張ってもらったらどうでしょうか?
ひょっとすると、サンタクロースを捕まえることができるかもしれませんよ。
しかし、例え、煙突から降りてくるサンタクロースの姿が見えないとしても、
それがなんの証拠になるのです?
サンタクロースを見た人はいません。
けれども、それはサンタクロースがいないという証明にはならないのです。
この世界で一番確かなこと、それは、子供の目にも、大人の目にも見えないものなのですから。
バージニア、あなたは、妖精が芝生で踊っているのを、見たことありますか?
もちろん、ないでしょう。
だからといって、妖精なんてありもしないでたらめだなんてことにはなりません。
この世の中にある見えないもの、見ることができないものが、
なにからなにまで人が頭の中で作り出し、想像したものだなどということは決してないのです。
赤ちゃんのがらがらを分解して、どうして音が出るのか、中の仕組みを調べてみることはできます。
けれども、目に見えない世界を覆い隠している幕は、どんな力の強い人にも、
いいえ、世界中の力持ちがよってたかっても引き裂くことはできません。
ただ、信頼と想像力と詩と愛とロマンスだけが、そのカーテンを一時引きのけて、
幕の向こうのたとえようもなく美しく、輝かしいものを見せてくれるのです。
そのように美しく、輝かしいもの、それは人間の作ったでたらめでしょうか?
いいえ、バージニア、
それほど確かな、それほど変わらないものは、この世には、他にないのですよ。
サンタクロースがいない、ですって? とんでもない。
嬉しいことにサンタクロースはちゃんといます。
それどころか、いつまでも死なないでしょう。
1千年の後までも、百万年の後までも、
サンタクロースは、子供たちの心を、今と変わらず、喜ばせてくれるでしょう。』
ただ、ただ、ただ、
いとしき日々よ~』
いい歌だよね。
かりゆし58だっけ、ブックオフでCDシングル買って
大きな音でかけて、
歌をうたった。
すごく楽しかった。それだけ、
さあ、寝ようかな。
いま四谷三丁目を出て席に座れた。
疑う。
歌がMr. Tambourine Manから Gates of Edenに変わった。
隣に不細工な女がいる。何がそんなに不満なのか。
まあ、エデンの扉の外じゃしょうがない。
次の曲になった。
Its Allright Maだ。
大丈夫だよ。僕は溜め息をついているだけ。
人生だ、これが生きることだ。









