2席目は海会寺にて茶道裏千家淡交会堺支部のお席抹茶

海会寺の枯山水も美しかったですキラキラ
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こちらのお席はお客の数もちょうど良く、またご亭主の先生が色々なことをご丁寧に教えてくださり、とても満たされた気持ちになりましたほっこり

お裏でほっとしたのもあるかもしれませんね*


面白かったのは、どちらのお席も建水に「エフゴ」が使われていたり、お床軸の書が「明歴々露堂々」と同じものだったのですが、全く違う雰囲気のお席であったことですビックリマーク


ひらめき電球エフゴ右矢印餌畚とも書かれ、鷹匠が用いる餌入れに形が似ていることからこの名がある。袋形で上部が開いている。七種建水に数えられている。


ひらめき電球明歴々露堂々右矢印歴々と明らかで、堂々と露(あらわ)れているの意。一点も覆い隠すことなく、明らかに露れている、ということ。真理は奥深いところに隠れていて、誰もが簡単に見られるものではないと考えられがちであるが、実際は、全くあからさまであり、隠すところなど微塵もない。それが見えないとすれば、見ようとしないだけか、目が曇っているだけにすぎない。 ※類義語:明々歴々露堂々(明々:非常に明るい様)


ひらめき電球向山灰右矢印「遠山」の形とたいへんよく似ているが、遠山の山の頂点はやや風炉の右寄りなのに対して、向山は正面まっすぐの五徳の爪の向こうに山の頂点がくる。向山の灰形は、「中置(なかおき)」の点前のときにのみ使用する灰形。

中置とは、風炉の季節(5~10月)でも、10月初旬から開炉の時期に限っておこなう扱いである。通常の風炉点前では、道具畳の左側に風炉を置いて釜を据える。これは春から秋にかけての暖かな時期なので、お客様から遠い位置に「火」を置いたほうがよかろうという心が反映されている。
けれど10月にもなれば、だんだん時候も冬に近づき、火気が恋しくなる。そこで、客方に火を近づけるために、道具畳の真ん中に釜を移動する。そして水指を通常の反対側(勝手付)に置いて、冷たい水気を遠ざける扱いを「中置」と呼ぶ。
道具畳の中央に風炉を置く「中置」では、形のバランスをとるため、「左右対称の形をした灰形」を用いる。「二文字押切(にもんじおしきり)」「丸灰(まるばい)押切」「向山」、鉄風炉での「二文字掻上(かきあげ)」「丸灰掻上」、他「藁灰(わらばい)」などである。


ひらめき電球藤灰右矢印厳暑の7、8月はやや多めに。9月になれば少し控えて。10月はかなり少なめに蒔く。

藤灰とは粒子の細かな白い灰のこと。灰形完成後に、少量を灰匙の上に載せ、匙の柄を指でトントンとかすかに叩きながら蒔く。グレーベージュの風炉灰の上に真っ白な藤灰が蒔かれると、清潔感が生まれ、新たな関心を誘われる。藤灰は、別名、化粧灰ともいう。


以上、学びました得意げ


そして、おまけ編…秋

1席目は方丈にて表千家堺茶道会のお席抹茶


こちらが国指定名勝の枯山水の庭松
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方丈前の枯山水庭園は、仏殿等が建築された江戸時代初期と考えられ、前面に広く白砂を敷き小高くなっている地形を利用して枯滝を組み、そこから小石により表現された枯流れを右手の方向に流している。上流部に架けた石橋と枯滝とがよく調和し、中央部にある横石の石組も素晴らしく、平庭枯山水形式の庭と石組造形を組み合わせて構成された美しい庭園。

私たちがお待合いにいる時、前のお席に入っていらっしゃった現堺市長と偶然お会いしました音譜

お席は少し窮屈でしたが、表と裏の違いを興味深く拝見しました抹茶


そして、周辺を散策ガーデン♪
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道中にたくさんの可愛いヒメフヨウが咲いていました花
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ヒメフヨウはお茶花だそう花


千家一門の供養墓抹茶
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そして、こちらは徳川家康のお墓葵の紋←葵の御紋
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ここに歴史のミステリーがあるそうですビックリマーク

調べてみると…

「大坂夏の陣の時、真田幸村の奇襲を受けて輿にのって逃げ出した家康。しかし大坂方の猛将・後藤又兵衛は怪しいと睨んで槍でついた。家康はそのまま南宗寺で絶命。しかし死去はふせられ、家康の影武者(代役として小笠原秀政が選ばれたと言われている)が活躍。家康の遺体はひそかに日光東照宮へ運ばれ葬られたという」こんな伝説がまことしやかにささやかれる南宗寺。二代将軍・秀忠、三代将軍・家光が相次いで寺を参詣したのも、実は家康の死が起因しているとの説が伝えられている。

それを裏付けるように、境内には徳川家康の墓があり、瓦には徳川家の「葵」の紋が。


歴女でも何でもない私でも何だか少し興味深いお話ほー


それでは、続いて2席目へ…抹茶

↓何か改築中のようでしたトンカチ
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15日(土)はお茶の皆様と堺まつりの大茶会へ行ってきました抹茶


南海の堺駅へ初上陸線路
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そこからタクシーに乗って南宗寺へ寺


南宗寺とは…

弘治3年(1557年)三好長慶が父元長の菩提を弔うために、大林宗套(だいりんそうとう)を迎え開山とした臨済宗大徳寺派の寺院。慶長20年(1615年)の大坂夏の陣による焼失後、寺地を現在の場所に移し、沢庵宗彭(たくあんそうほう)らにより再建が行われた。境内には国指定名勝の枯山水の庭、国指定重要文化財の仏殿・山門・唐門、千家一門の供養塔、利休ごのみの茶室実相庵(じっそうあん)などがある。
方丈前の枯山水庭園は、仏殿等が建築された江戸時代初期と考えられ、前面に広く白砂を敷き小高くなっている地形を利用して枯滝を組み、そこから小石により表現された枯流れを右手の方向に流している。上流部に架けた石橋と枯滝とがよく調和し、中央部にある横石の石組も素晴らしく、平庭枯山水形式の庭と石組造形を組み合わせて構成された美しい庭園。
仏殿は禅宗建築の技法を用いた府下では唯一の仏殿建築で、内部の天井には「八方睨龍(はっぽうにらみりゅう)」が描かれています。山門は二階建てで上層に手すりのついた縁がまわる楼門形式の門で、垂木を扇状に並べる技法は禅宗建築の技法のひとつ。唐門は柱間をつなぐ梁に彫られた模様や、柱の先に突き出た木鼻という彫物などが、仏殿や山門と同様のかたちをしていることから、同じ時期に建てられた建物と考えられている。
また、徳川家康が後藤又兵衛の刃に倒れ、当寺に祀られたという伝説の寺でもある。


今やっている大河ドラマ「江」でも千利休ゆかりの地として登場したお寺だそうな寺


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通りに面してある総門。大林和尚揮毫の「龍興山」の扁額が架かっている。


そして、いよいよ1席目へ…抹茶
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体操の内村選手体操

個人総合3連覇クラッカー

本当にすごいっエクスクラメーション


彼のライバルは自分自身しゃきーん


周りとついつい比べたくなるけど、それではブレるんだねキラキラきっと。



今の私も自分自身と戦うことがテーマですビックリマーク


こんにゃろ~ビックリマーク風邪め~!!笑

久しぶりの「the 風邪」カゼ
5日目です汗

自分の力で治すのじゃぁ~!!

明日には良くなりますように三日月

金木犀の甘い、懐かしいあの香りがどこからともなく漂ってくるキンモクセイの花


金木犀の香りはおじいちゃんを思い出させてくれるkirakira*


金木犀も銀木犀もあった昔のおうちにおじいちゃんが遊びに来て、廊下で一緒にお昼寝したなぁ家**


私の大好きなお花キンモクセイの花

お庭に咲いていたお花桜

とってもちっちゃくて、ともすれば見逃してしまいそうなお花桜

決して目立ちはしないけど、今日のお庭の中で一番輝いているように見えましたミニー

一昨日の試合アメフトボール

6-0で勝ちましたぁ~チョキ
キャプテンして、WRして、ディフェンスして、TBして…オールラウンダーお疲れ様びっくりマーク2
記憶なくならなくてほんと良かった汗

試合中、不思議なことに「X」の雲を2回発見目