私事ですが先日、西野亮廣さんの映画「えんとつ町のプペル」を観てきました。
前々から気になってはいたけど正直なところ全然詳しいとか調べてたりとかはなく、素直に観てみたいという感覚でした。
色々と物語についての感想はあるけど、
僕が1番感じた事はこの映画を通して今のこの世の中に西野さんが伝えたかった事がすごく僕にもわかるし感じてた事だなと思いました。
すごく偉そうな言い方だけどそう思いました。
舞台挨拶の時も言ってたんですが、今の世の中は正解で溢れていて正解だらけの世界になってしまっている。
たしかになと、
僕自身ずっと前から考えてた、感じてた事で
僕らは子供の頃、ヒーロー番組や映画、あらゆるエンターテイメントで楽しさや感動や勇気や元気をもらった。
例えばヒーロー番組や映画で言えば、その頃の制作とか大人の事情とかはわかんないし、番組や映画内容の伏線や細かい設定なんてあったにしても子供の僕らなんかからしたらわからないし気付かない、
結局何かというと、ただ単に、誰かが悪者に捕まってピンチのところにヒーローがやってきてカッコいい技でその悪者をやっつけて人を救う。
それだけをみてカッコイイなぁ、俺もヒーローになりたいなぁとか勇気や元気をもらった。
正直内容の凝り方や細かさなんて子供の僕らには見えなかった、
音楽もそう、この前ある番組で甲本ヒロトさんが言ってた事、
今の音楽と昔の音楽の違いは、今の人はもちろん素晴らしい才能の人で溢れていてすごく良いと思うけど、
唯一思うのは、今の人達は歌詞を見すぎていると。
子供の頃なんて訳もわからない何言ってるかわからない洋楽やロックに心が躍ったし、元気をもらえたと。
今はもう携帯で音楽を聞けば歌詞が出てくるし、歌詞が良くないとダメみたいな風潮になっている。
なんとなくでいいんだと、
なんとなくで、
ぼんやりと。
何が言いたいか、ようは今の世の中は番組や映画、音楽、あらゆるエンターテイメントが正解を求めすぎているし、正解を求められている。
だから映画の内容や伏線やらなんやら設定やら、音楽の歌詞から歌の上手さやら、
なにかが欠けたりするとすぐ叩かれたり、これは違うと笑われたり、みんながみんな正解という正義を使って物を捉えようとしてる。
それはエンターテイメントに限らずだ、
例えばな日用品でもそう、テレビやスマホなんてもうどれだけ画質がいいか、どれだけ性能がいいか、それだけを作る側も買う側も求めてる、
僕は思う、ある程度までいったらもうそこまで画質やら4Kやらディスプレイの細かさなんて必要ある??
ただ、そういう正解を出し続けて正義をまっとうしないと買い手側に見捨てられるし、競争で会社が潰れる。
だからもちろんそうしているのは理解できるけど。
そういうのも含めて世の中は正解だらけになっちゃったなと、、
人もそう。
間違ってる人、普通の道からそれて挑戦する人を叩いたり笑ったりする。
SNSには少し発言や間違った投稿をするだけで誹謗中傷で溢れる。
そしてみんなそうなりたくないから色々我慢や注意を払ってそうならないようにビクビクしながらSNSを使う。
正解じゃなきゃ叩かれるから。
何も犯罪を犯せとは言ってない、
けど、西野さんが言ってたように、こんな正解の溢れた世界を今の子供達に託せないよなって。
昔のように素直で、何も深いことは考えずぼんやりと正解のない事で楽しんでた、勇気や元気、感動をもらった世の中ではなく
すべてが情報として目に見えるこの正解だらけの世の中で生きていく今の時代の僕達っていったい今後どうなっていくんだろう?
このままだと大袈裟に言ったら少し正解からそれるともう死刑みたいになっちゃうかもね。
そんなことはないと思うけど。