今日、職場で


「同僚に赤ちゃんが産まれる。」


と聞いた。




そのとき、


咄嗟に、悔しい?羨ましい?


と言うのか嫌な気分になった。




最近、


道を歩いていて、


赤ちゃんをあやしているお母さんを見ると、


本当に愛しくなる。



わが妻の当時の幸せそうな姿をかぶせている。




きっと、同僚を妬んだんだと思う。


目出度いことの筈なのに・・・。






今日、バーのソムリエから聞かれた。



”南無阿弥陀仏の意味知ってました?”


”僕、先日、知人の葬式でふと感じたんです。”


”今まで唱えて来たけど、意味も考えずに来たな・・・。”と、



確かに、


考えたこと無かった。



彼曰く、


南無=~にすがる。


阿弥陀仏=大乗仏教の如来の一つである阿弥陀如来様。



すなわち、”仏にすがります。”と言う意味。



まさしく、今の私の事だと思った。


仏様にすがることなく、妻の死を受け容れることは出来ない。


すがらねば、自己崩壊するだろう。





参考)

阿弥陀如来 - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%BC%A5%E9%99%80%E5%A6%82%E6%9D%A5

◎◎さん


メッセージ、ありがとうございます。


怒りは感じません。



私は人に弱みを見せることが出来ない人間です。


仕事関係の方々は、3カ月も経たないのに、もう既に私の家内が亡くなったことを忘れています。


私が外では、悲しさを一切表さないから。


このブログくでくらい、強さ弱さの混じった斑模様の心が


時間とともに、移ろう様を表現させてください。


亡くなった家内に甘えて居たって良いじゃないですか…?


そのことを、家内は心配するでしょう。


でも、


そんなことに左右されずに、力強く高級な霊に上って行く奴だと思います。



確かに、息子への影響は有るかもしれない。


私に出来ることをするだけです。


彼の心のそばに寄り添うこと。


息子、家内を心配して、助言を頂いたことありがたく思います。


 cam.拝




肋骨が折れたことを


職場の一部には言わずに居た。


と言うか、


仕事で直接迷惑が掛かりそうな部署だけに


告げていた。




あることがきっかけで、


知れ渡ることとなった。



みんなが、


「大事にして、ゆっくり休んでくださいね。」


と心配そうな顔で、


お見舞いまで頂いた。




私は、仕事、職場、同僚に恵まれている。


感謝。




妻が亡くなった時、


わが息子は妻の姉が、預かってくれるだろうと


思っていた。



私の70歳後半の父母もそう思っていた。



という理由は、


・妻の姉は、末っ子が就職して今、育てる子は居ない。


・妻の母は早くに他界している。


・妻の父は病である。


・妻の妹は独身で働いていて時間が無い。


・私の父母は、70歳後半の高齢で育児が体力的に困難である。




結果は、


最後の選択肢、私の父母が預かってくれている。



父母によると、


妻の姉は、「私たち(妻の近縁)が週末に、預かりますから・・・。」


と涙して父母に頼んだと聞いた。






しかし、


妻の死後、一回も預かってくれない。




先週は、私が週末に預かった。




「今度は、お正月に預かります。」と妻の姉に


言われたと、父母が言っていた。




父母も、体力的、精神的に、もう限界に近い状態である・・・。