東京で聴いた歌声。

アンパンマンマーチに背中を押されるように、のぼった階段。

あの頃と少しずつ変わってしまった街に、変わらない電車の高架。
変わったのは私なのかもしれない。

自由が丘というのは。
相変わらず。
素敵な名前だけど。




お友達ができると楽しみにして通った幼稚園。
6歳の私と口をきいてくれる人は一年間ほとんどいなかった。
雨が降ると、傘にひとりずつ入るから、手をつなげない理由ができるからうれしかった。
陰口が雨の音で聴こえないからうれしかった。




先生になったばかりのかわいい先生が。
次々と今風の新しい絵本を読んでくれるのがうれしかった。


みんな目線は、絵本に集中する。



アンパンマンもそのなかのひとつだった。

今みたいに、アンパンマンはカラフルではなく、
食パンまんも、バイキンマンもいなかった。


もりのへなそうるも。
そんな中のひとつだった。

生クリームといちごがはさんだサンドウィッチなんて食べたことがなかった。

家でひとりへなそうるごっこをして遊んだ。

みどりのきれいな絵本がほしかったけれど、親にねだることはできなかった。
自由に読んでもいい、と言われた、先生の机の上の本棚の絵本にも一度もさわることはできなかった。


友達がもってくるような、小さなかわいい色とりどりの洋風のおにぎりがうらやましくて、
母にねだったら、

「わかった、お母さんそれ得意」

わかったはずなのに、
次の日のお弁当箱には、準日本風の細巻きがきっちり並べられていた。

細巻きは少ししょっぱくて
もうそれからはお弁当のリクエストをすることはなくなった。


今になれば、笑えることばかりなのに、

あの頃は、傷つきやすかった。


親和的でなかったのは私の方だったのだろう。
傷つけていたのはきっと私の方だったのだろう。


傷ついた記憶が私のエネルギーになり。
傷つけた記憶が私のエネルギーになる。