皆様、こんにちは!
ソリューション濱川です。
少しずつですが、厳しい寒さが和らいできましたね。


実は先週の三連休初日に、母方の祖父がなくなり、
急遽地元鹿児島に戻る機会がありました。

 

祖父の家は実家から徒歩10分ほどの場所にありますので
お盆やお正月といったタイミング以外にもちょこちょこ顔を出したりと
鹿児島を出る、18歳まではよく会いに行っておりました。


亡くなる1カ月ほど前までは、身体も頭もしっかりしており
グランドゴルフは現役で全国大会に出たり、
理事を行うなど、地域活動もとても精力的に行っていたようです。


私もそういう逞しいイメージがあり、いつまでも元気なおじいちゃんでいてくれる
まだまだ元気なはず!と仕事の忙しさを言い訳に、
家を出てからの約10年は実家に帰るのも、祖父の家に行くのも
かなり頻度は減り、帰ってもちょっと顔を出す程度で
面と向かって話すことはなくなっておりました。


祖父の遺影は私の記憶の中のおじいちゃんそのものでしたが、
棺に入っている顔や身体は
私がちゃんと見ていなかった10年の歳月が間違いなく流れ、老いていたのだと
遺体を見てはじめて分かりました。


また久々に会う親戚も約10年ぶりという人が多く、
私の中では中学生ぐらいでイメージがとまっていた従兄が社会人になっていたりと
自分も同じ時間年を取っていたはずにも関わらず、
周りの人の変化を見てその10年という時間が経っていることを認識せざるえませんでした。


享年88歳、とても多くの人にご会葬いただき、
遺影のまわりには、想い出の品や昔から最近に至るまでの沢山の写真が飾られ、
最後まで人に囲まれた人生だったことが分かり、安心しました。


その日とても印象的だったことは、
お坊さんに葬式で読まれる「白骨の章」の現代語訳を教えていただいたことです。

その中に、
「されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。」

という一節があります。
朝、元気な顔で、行ってきますと出発した人が、
その日には、見る影もない姿になってしまうことがあるという意味ですが、
人は多くの人の死を目の当たりにしても、自分にその日がやってくるとは思わず、

明日は我が身ではなく、明日は人の身。と捉えてしまうそうです。


それが人間の性分であり、先に死にゆくものは、それを自身の『死』をもって
教えてくれようとしている、祖父から何を学び、何を気付きますか?

という問いかけをもらいました。


亡くなる最後の瞬間がいつになるかは分かりませんし、
コントロール出来るものではないかと思いますので、
死に方は選べないかもしれませんが、

「どう生きるか」の努力は自分自身で出来るかと思いますので、
深め続けたいテーマだなと感じました。

 

祖父はとても周りの人を大切に、自分の好きなことも最後の時まで沢山あったんだと思うと、
自分はどうかな?とちゃんと考えなければいけないなと気がつきました。


とても悲しい出来事ではありましたが、
すごく意味を感じた時間を過ごせました。


是非皆様も
「されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。」

毎日を大切に過ごして頂ければと思います^^!