この数日間、昼過ぎから眠くてたまりません。

 

目を覚ますためにコーヒーをいつもより多めに飲んでいるので

お腹の調子が少しおかしいです......

今日の体調は

 

 

早川SF文庫の「青背」です。

 

絶版本が多いので一度手放すとなかなか手に入れるのが難しいです。

処分しづらい本

 

 

今日はこたつを出しました。

 

在宅勤務が定常化すれば一人用のこたつ(椅子に座って入れるタイプ)を購入しようと思っていたのですが

夢のままで終わりました。

今日のひとことブログ

 

 

夕食にピザを頼もうかと思っていたところ、リクエストされていたメニューが期間限定で無くなっていました......

 

仕方なく、今晩は諦めて明日の夕食に変更です。

 

本日の夕食はパスタになりました。

本日のおうちごはん

 

 

第二次世界大戦と東南アジア


第二次世界大戦は、ヨーロッパ戦線と太平洋戦線を中心に戦われた大規模な紛争でしたが、東南アジア戦線もその一部でした。

 

この地域では日本帝国が拡大主義的な行動を取り、多くの国々と交戦しました。

 

その中で、インパール作戦は東南アジア戦線での重要な出来事の一つでした。
 

インパール作戦の背景


1942年に日本軍がビルマ(現在のミャンマー)を占領し、その後、インドへの侵攻を計画しました。

 

インドは当時、イギリス帝国の一部であり、その制御下にありました。

 

日本はインドのカルカッタへの侵攻を試みましたが、この計画は成功しませんでした。

 

その後、日本軍はインパール地域への進軍を試み、これがインパール作戦の開始となりました。
 

作戦の進行


インパール作戦は1944年から1945年にかけて行われました。

 

この作戦は、日本軍がインパール地域の主要都市であるコヒマとインファルでイギリス軍および連合国軍に対して攻勢をかけたものでした。

 

日本軍は長期にわたる激しい戦闘を繰り広げ、山岳地帯や密林における過酷な条件で戦わなければなりませんでした。
 

連合軍の反撃


インパール作戦は激しい戦闘が続く一方で、連合国軍は補給路の確保と増援の到着を図りました。

 

特に、連合国軍はチャドウィン川を渡り、補給路を確保する作戦を展開しました。

 

この反撃により、日本軍は孤立し、食料や弾薬の不足に苦しみました。

 

 

インパール作戦の結末


1945年6月、連合国軍はインパール地域での戦闘を制し、日本軍は撤退を余儀なくされました。

 
これにより、インパール作戦は連合国軍の勝利となり、東南アジア戦線における日本軍の優越性が崩れました。

 

 

 

 

影響と結論


インパール作戦は、第二次世界大戦における東南アジア戦線での重要な軍事作戦であり、多くの犠牲者を出しました。
 
この作戦における連合国軍の勝利は、東南アジアにおける日本軍の進出を阻止し、その後の戦局に影響を与えました。
 
インパール作戦は、歴史的な観点からも重要な出来事であり、戦争の犠牲者を追悼し、平和を願うために記憶されています。

 

 

 

 

 

最近はスマホでアニメを観ています。

 

ダウンロードしておけば、通信料金もかかりませんし......

私のストレス発散法

 

 

 

今朝の通勤バス、いつもに比べて乗客が非常に少なかった。

 

最近電車のトラブルが多いのでひょっとしてトラブルが起こったのかとおもったのですが、普通に運行していました。

 

急に涼しくなったから、少なくなったのでしょうか?

今日のひとことブログ

 

 

平城京跡を散歩してきました。

散歩するにはちょうど好い気候になってきました。

ススキが生い茂っていました。

ススキ原

 

遠くから大極殿を望みます。

大極殿

 

大極門を通り過ぎます。

大極門

 

途中、近鉄路線を横切ります。

近鉄電車

 

朱雀門を抜けました。

朱雀門

 

いざない館にやってきました。

いざない館

 

平城京のミニチュア模型です。

人や馬まで見事に再現されています。

平城京模型1

 

拡大しても違和感がありません。

平城京模型2