昨日の節分は、スッキリとした空気を漂わせていた。
空は晴れ渡り、澄み切って。
午後から参加したワークショップがとても面白かった。
節分の雰囲気にも応援してもらったような。

それにしても、あんな風に全く《我が》の感じがないのは凄いなあ。
それも、とても不思議。
ワークショップの時間を振り返ると御本人の話もいっぱい聞いたし、視点や視座の話は身を乗り出すようにして「もっと聞きたい!」という気持ちになる。
そして、たくさん話を聞いた、んだけど。

でも、《我が》という印象が全くない。

本当に自分の内側を見つめて真に自分だけを生きていれば、自分の考えや見方、自らに起きた出来事を話す、ということですらも、全体性のこととして聞けるんだなあ。

それは、本当に実際に受けたから感じられたこと。
そして、それを自分が感じたのたら、もうそれで充分であること。


だから、私は私を生きる。
私を生きる世界を選んだ。


それが、これからの本格的な令和の時代において、私の生きる道。