薙刀、大太刀、槍勢の区画の工事が終わって1週間後。荷物の再移動も片付いたと近侍の安定から報告があった。

「様子を見に行くかい?」

  そう問われた私は、事前に用意してあった羊羹3本を抱えて彼を伴い刀剣区画へ渡った。

  全エリアの改修が終わるまで利用を続ける長屋は、使わない期間も当番を決めて定期清掃することに刀剣たちが決めたらしく、今日は今剣、愛染、秋田といった面々が宗三の監督下で掃除に当たっている。

  その賑やかな声を聞きつつ、ひとつだけキレイかつ天井が高くなって他とアンバランスになった区画への渡り廊下を越える。その先には設計通り、三方を廊下に囲まれた大部屋が設えられていた。

「やあ、誰かと思ったら主と近侍の安定ではないか!」

  私達の足音を聞きつけて障子から顔をのぞかせた岩融に、安定が声をかけた。

「引越しお疲れ様。主が様子を見たいと言うから連れてきたよ」

「打ち合わせで間取り図や青焼きは見せてもらったけど、完成した直後はこっちにいなかったから、私は仕上がり見てないしね。どんな感じか気になって」

  それならゆっくり見ていくといい、と室内に招き入れられる。この大部屋は北側以外を廊下に囲まれた構造で、中は三十畳を一間として2箇所が襖で仕切られているだけなので、今はそれらを開放し広々としていた。押入れを設置するために唯一壁をつけた北側も、白漆喰を使い、障子をつけたくり抜き窓があるため、外や廊下から差し込む光の柔らかな反射で暗くはならない。

  真ん中の部屋の一角に据えたちゃぶ台2つの周りで、石切丸や太郎太刀、蜻蛉切が寛いでいた。御手杵の姿はない。

「これは、大和守と主。何故ここに?」

  こちらに気づいた太郎太刀にも来訪理由を説明し、御手杵の所在を訊く。

「御手杵ならば所用で万屋へ」

  戻ってくるまでまだしばらくかかると言うので持ち込んだ羊羹を「お茶請けに」と石切丸に渡し、最奥の部屋を見に行く。

  岩融が入れてくれた部屋もそうだったが、角部屋は二方向に廊下が通っているので、昼間は障子から光がよく通る。

  どの刀種がどの部屋を使うかは本人たちに任せていたが、初見でも片隅に据えてある本体や家財道具で住人を判別することができる。そこから察するに、渡り廊下から遠い角部屋を槍が、両隣に襖が入る真ん中を大太刀が、渡り廊下に近い角部屋を薙刀が、寝場所として選んだようだ。

「いい部屋に仕上ったようだね?」

  畳の青い匂いに満ちた部屋をぐるりと見ていた間、側に控えていた安定が私の顔を覗き込んでくる。

「うん。思った以上にいい仕上りだ。南側に障子を配して正解だったね」

  安定と顔を見合わせたそのタイミングで、「今戻った」と薙刀部屋の障子が開き、御手杵が入ってきた。

「いやー、捜し物に時間がかかっちまって……。――あれ?主じゃないか!」

  風呂敷2つをちゃぶ台の片方にどん、と載せた御手杵が目を丸くする。そりゃそうだ。私は普段留守がちな上に、本丸にいる時は大体、溜まった書類に追われて審神者区画に篭っているから。

  身軽になった御手杵が隣の部屋にいる私達に近づいてくる。

「引っ越しの後、どんな感じかと思って様子を見に来たんだよ」

「あ~。なるほど。めちゃくちゃいい感じだぜ? 人数増えてきてもこの広さなら余裕もあるし」

  今はここだけ天井の高さが飛び抜けた状態だが、段階的な刀剣区画の改築に合わせて廊下の高さは揃えるつもりでいるから、食堂や浴場との往来も楽になるはずだ。天井付近の大掃除は専任っぽくなってしまうが。と告げると、まあそうだろうな、の一言で済まされてしまった。

「石切丸が茶を淹れてくれたが、主たちもどうだろうか?」

  蜻蛉切の声に誘われてちゃぶ台の方へ戻ると、湯気を上げる人数分の湯呑みと、差し入れた羊羹のうち1本を切り分けて楊枝を添えた小皿が並べられていた。

「これは美味そうだ」

  岩融が慎重な手つきで羊羹に楊枝を刺す。人並み以上に大きな体躯の彼がそういう作業をすると、普通サイズの羊羹が人形用のそれに見えてくる。

「で、主よ。この後はどこの改修に手を付けるのだ?」

  蜻蛉切の問いに、温かな煎茶を一口飲み下した私はざっくりと予定を告げる。

「ここに繋がる区画から順に進めていくよ。だから次は打刀・幕末組の辺りだね」

  平屋、それも部分的に渡り廊下で繋がる構造なのを利用して、ブロックごとに改修していく予定で業者と契約している。工事期間ごと、ブロックごとに支払いの必要はあるものの、遠征や大坂城探索で小判の備蓄を定期的に作っておけば1回の支払い額は問題ない。

「さて、私達はそろそろ戻るよ。行くよ、安定」

「はーい」

其の一 ◆エンパスとHSP◆

 
 「エンパス」とは、SFやオカルト的に言えば「精神感応能力」の一種である。
 精神感応能力の王道は「テレパス」だが、エンパスは「相手の(声に出していない)思考を聴き取る」「同じ能力を持つ者同士が思念だけで会話する」ような描写がされがちなテレパスほどの能力はない、あるいは「その場にいる人物の感情がなんとなくわかる」程度の能力としてテレパスと差別化されていることが多い。つまり、能力的にはテレパスより弱いとされる。
 では、HSPの特性はどうだろう。たいていのHSPは外部からの刺激に弱い。太陽光や薬物、対人関係など、その高感度センサーが反応する分野は多岐にわたる。
 勘が鋭い、気遣いが細やか。いろいろな言い方はあるが、一言で言えば、HSPは「察しが良すぎる」きらいがある。センサーの反応が良すぎるので、「見えすぎ」てしまうのだ。
 センサーの感度の高さは対人関係においては「観察眼の鋭さ」にも通じる。鋭い人なら前日までとの微妙な顔色の違いや口調の違い、纏う空気から、相手の体調不良をなんとなく察するなど造作もない。
  そこまでセンサーを発揮してしまうと、相手の顔を見ただけで直感的に機嫌のメーターがどの辺りかくらいは判断できてしまうわけで、「HSPはエンパス体質」と言われるのも納得がいく。これが対人方面だけに発揮されるのであれば、まだ救いはあったかもしれないと思う程度には。

   刀剣区画の改修を始める日の朝。私はまず近侍を呼んだ。
「お呼びですか、主」
  審神者区画の私の部屋にやってきたのは長谷部だ。久しぶりに近侍を任せたためか、何やらヤル気に満ちた顔をしている。

「今日から刀剣区画の改修が始まるのは分かっているよね」
「はい。ほぼ建て直しと変わらない規模でしたね」
 「そう。長期化するから、該当ブロックの刀達には一度本体に戻ってもらおうかとも思ったんだけど、そうすると何かあった時困るから、長屋みたいな仮住まいを敷地の中に作ってもらった。まず槍や薙刀、大太刀の居住区を片づける」
「では、岩融、蜻蛉切、御手杵と太郎太刀、石切丸辺りにそちらへ移ってもらうのですか?」
「そうだね」
  ただ、仮住まいの天井の高さは、燭台切や和泉守が梁に頭をぶつけない程度が限界だったので、向こうに移っても少し不便と思われる。そう告げたら長谷部は難しい顔をした。
「それでも、現状よりはだいぶ動き易いはずですね……」
  今の本丸の廊下はそれこそ、その燭台切や和泉守が梁を見つけるたびに中腰になっているのだから。
「というわけで、誘導よろしく」
「承知しました」
   頷いた長谷部はスッと立ち上がると軽やかに部屋を出て行った。
  さて、他に出すべき指示は……と当番表を確認すると、短刀メインで遠征させていた第三部隊が帰ってきた、と、再び長谷部が顔を出す。
「ただいま戻りました」
  長谷部の腰の辺りから顔をのぞかせたのは隊長を任せていた秋田だ。
「主君、これが今回の遠征のお土産です」
  渡された巻紙を開くと、引率を兼ねてメンバーに加えた蜂須賀の筆跡で持ち帰ってきた資材がリスト化されていた。
「ありがとう。資材はいつもどおり手分けして資材小屋に運んでおいて」
  遠征帰還後の指示を出して長谷部と秋田を刀剣区画へ帰す。
「……お互いに慣れてきたなあ」
  私は兼業審神者だから不在がちで、第一部隊はあまり動かせない。イレギュラー的だが遠征を多用する運用を採らざるを得ないのだ。もちろん、他本丸との演練にもレベル差の関係で出せない。
  常に歴史が危機に晒されているこのご時世に何を呑気な運営を、という匿名の小言がこんのすけを介して入って来たこともある。
  だが、本業を維持した状態で審神者となることは政府からの許可も降りている以上、本丸の運営方針も私に一任されているわけで。
「私は私らしく、ね」
  運営方針の違いで、同じ男士でも個体差が出るという。政府だって別に「イケイケドンドン」な本丸運営を奨励しているわけじゃないし。
 「さて、改装の1回目が終わるのは来週末。それまで岩融たちには内番中心に動いてもらうかな」
  改めて当番表に目を向けて、畑当番の欄に御手杵と薬研、洗濯当番に岩融と太郎太刀、厨当番に石切丸と蜻蛉切を宛てて書き換える。審神者部屋の当番表は刀剣区画にある大きなものと連動しているので、こちらで書き換えれば刀剣側にも反映され、直接通達できる仕組みだ。もちろん刀剣側で書き換えてもこちらに反映される。
「手合わせは博多と鳴狐、馬当番は大倶利伽羅と前田でいいか」
  それぞれを書き換えて一息。次の改修工事関係の書類は週明けに最終確認すればいいから、と、次の作業にかかるべく、机に備え付けのデバイスの画面に浮かんだバッジに目をやる。
「政府通達が入ってるな……」
  バッジをクリックして通達の一覧を立ち上げたところでおもむろに肩を叩かれ、慌てて振り返ると目の前に不機嫌そうな山姥切の顔。
「どうしたの、山姥切?」
「当番表を書き換えたなら、荷物の移動を終え次第石切丸たちは厨の方で昼の用意を始めるだろう? 主は如何するつもりだ」
  ああ、なるほど。この刀は、私の昼ごはんの予定について思案していたらしい。
「今日はこっちでもらうことにするから、石切丸に伝えてきてくれる? 山姥切も良かったら一緒に」
  そう言った途端、山姥切の顔が赤く染まる。
「わ、わかった。行ってくる」
  照れ隠しか被った布のフード部分に手をかけつつ、山姥切は足早に部屋を出ていった。
「相変わらず不器用というか何というか……」
  主と初期刀としてこの本丸に来て、それなりに長い時間一緒にいるはずなんだが。
  そんなことを思いながら、私はデバイス画面に向き直った。

 夏から定期的に太刀が出やすい配合で鍛刀を重ねていた結果、10月も半ばに差し掛かる頃に、和泉守兼定や陸奥守吉行といった打刀の新顔に紛れて、一期が顕現した。

 それを誰より喜んだのは粟田口の短刀たちで、「いち兄のために覚えた」という料理を持ち寄って大部屋で歓迎会をしていたと思ったら、カレンダーではそろそろ年末が見えてきた。

 私は遠征と出陣で貯めていた小判を本丸の改修に充てるべきか、と本丸の自室で考えを巡らせていた。粟田口はだいぶ人数が増え、刀剣区画の大部屋2つでも手狭感が否めないし、鍛刀で顕現した石切丸や出陣先から連れ帰ってきた蜻蛉切など、人並み以上に長身の男士がどこそこの鴨居に頭をぶつけた、という近侍の報告を受ける回数も増えてきたからだ。

  この本丸はいわゆる中古物件で、先代の審神者は多くの男士を揃えるよりも個々の男士のレベリングを優先する方針だったらしく、刀剣区画はこぢんまりした感があるし、別棟の審神者区画は、就任時に政府が揃えてくれた家電類はともかく、水周りをはじめとする設備が古い。定期的な整備は政府派遣の業者が担っていたようだけど、私が生まれるより前の写真に写っているレベルの設備では、使いづらいにも程がある。

(取り敢えず刀剣区画の改修が先だね……)

  審神者区画の方は、私が現代を拠点にしているため、今のところ使用頻度が高くはない。水回りや動線の改修は後回しでいいだろう。

「よし、方針は決まった」

  私は部屋に備えられたデバイスから申請書各種を検索して、本丸改修・改築関連の申請書を読み出す。

(……特殊職相手だから、政府のお墨付き業者を改築場所と予算に応じて選定して派遣してくれるわけね。代金は小判引き落とし……)

  申請書提出から工事業者と日程の通知が来るまで大体2週間。それくらいなら待ってられるな。

  申請書の空欄を無心で埋めていたら、湯気を立てた湯のみが視界に入ってきた。

「主君、少し休憩しませんか?」

  声の主は前田藤四郎。最近近侍を任せている彼は、審神者執務室傍の控えの間をフル活用しているらしく、こうして声をかけてくれる。山姥切も相変わらず、手が空いているときは入り浸っているけれど、今日は遠征メンバーとして延暦寺に出てもらっていた。

「あ、ありがとう」

  気がついたら書類作業を始めて1時間は経っていた。時間が取れる休日にこそ、こういう作業を片付けておかないと後が面倒くさいので、やり始めたら一気にあれもこれもと手を付ける。改修関係の書類の前には別の報告書を片付けていたのだ。

「主君が本丸(こちら)に長くいてくれるのは嬉しいですが、あまり長い時間机にかじりついているのはよくないですよ?」

  さり気なく背後から私の肩に両手をかけた前田が、子供を諭すような口調で言う。そのままの体勢で、状態を確かめるように、指先に少し力を込めた手が肩から首筋の間を滑っていく。

  その感触が少しくすぐったくて思わずくすりと笑うと、背後の気配が少しむくれた。

「筋が少々固くなっているようなので、気になってしまいました。お嫌でしたか?」

  中途半端な力加減が少しくすぐったかっただけだと弁解したタイミングで、パタパタと廊下をこちら目指してやってくる足音が。

「主さん、いる〜?」

  足音の主は乱らしい。入室を許可すると、楽しげな笑みを浮かべた乱が取っ手のない紙袋を一つ抱えて入ってきた。

  どうしたの?と問いかけると、乱は紙袋をこちらに向けて言った。

「あのね、これあげようと思って」

  その紙袋を受け取って音や重さを確かめると、中身は布製の何からしいとわかる。

「開けてみてください、主君」

  何故か前田に促され、折り曲げてある袋の口を開いて中身を出してみて、面食らった。

「……シャツ?」

  アイボリーに近い白の綿シャツだ。それも半袖と長袖1着ずつ。よく見ると襟や袖の生地は黒で、襟には金のサテンリボンが装飾として縫いつけられていて、焦げ茶のリボンタイまで別にある。それぞれ左胸には『丸の中に「さ」』という不思議な刺繍が施されていた。

(なんだか見たことあるような……?)

  首を傾げつつ、正面に立つ粟田口の短刀を見やる。そして不意に気がついた。前身頃の裾からウエスト付近までダーツが取られ、胸元にボタンが2つ追加されて着脱しやすくアレンジされているが、長袖は前田の、半袖は乱の内番服に似たデザインなのだ。

「気がついた?ボクたちの服とお揃いっぽくしてみたんだー」

  もともとのデザインは、乱が万屋で見かけた雑誌に綴じ込まれていた型紙のものらしい。シンプルなデザインだったので応用が利いたという。

「ホントはもっと早く渡すつもりだったんだけど、思ったより作るの難しくて遅くなっちゃった」

 鯰尾、骨喰や一期にバレないよう、短刀たちだけで手分けして仕上げたのだという。どうやら夏の採寸騒動はここに繋がっていたらしい。

「ちょうど現世(そっち)だと、今の時期をクリスマスって言って、大切な人にプレゼント渡していいんでしょ?」

  だからそのプレゼントにしたんだ、と笑みをこぼす乱と前田はめちゃくちゃ可愛い。思わず2人の頭を撫でてしまった。

「ありがとう。これはこっちにおいておいて、本丸(ここ)に戻ってきた時の着替えにさせてもらうね」

  軽やかに去っていく乱を見送って、着替え用の長櫃に紙袋を置いた私は、前田が淹れなおしてくれたお茶を飲んで一息ついたのだった。

昨日朝呟きましたが、身内に不幸がありまして、喪主親族枠で参加しております。

まあ、明日の式が終わったら1回店行って発注だけかたづけなきゃなんですがね……。