luca。

関東在住。一人暮らし。

今まで沢山の困難にぶち当たってきたけれど、概ね幸せで、恵まれていた。



昨日、実家に連絡を入れた。

いつものように現状報告と愚痴。何事にも柔軟な母親には何でも話せる。

何と無く、話をしだしたときから母の聲が疲れていると思っていた。

でも時々あることだから、と後回しにした。本当に自己中だ。


一頻り話し終えたところで母に、問うてみた。

『体調悪いの、なんかしんどそうだけど』

そうしたら、

『・・・ちょっと大変なことが起こってて』

そう濁された。何と無く、言いたくないようだった。

気になった。だから、更に訊いた。

そうして返って来た答えは、


『お父さん、肺癌なんよ・・・』



もう何年も前に頑張って禁煙したが、それまでの父はヘヴィースモーカーだった。

灰皿に吸殻を並べて入れる理由は『其の方が沢山入るから』と云う人だった。

(家に遊びに来て其れを見た同級生が、その後何年も話題にする程の衝撃を与えたくらい、きっちりと。)


父の家系で、私の知る限り癌で亡くなった人はいない。

祖父も祖母も、曾祖母も皆90歳以上の長生き党で、老齢から来る心不全だった筈だ。

だから、そんな元ヘヴィースモーカーの父だが、

祖父母のように歳を重ねていくんだろうと勝手に思い込んでいた。


現実はそんなに甘くなかった。



お母さんっ子の弟がいたから必然的に私はお父さんっ子だった。


小さい頃は、真面目過ぎて融通の利かない父のいる日曜日は苦手だった。

友達にも「lucaちゃんのお父さんは怖い」って言われていた。


それでも日曜日の朝はちょっと特別で、

二階の自室のベッドから出ると、階下で眠るの父の布団に潜り込んだものだ。

普段は忙しくて余り話さない父と、一週間のうち唯一一緒に過ごす時間だった。



齢をとるにつれて、どんどん丸くなる父だけれど、相変わらず真面目一直線。

色々冗談も言えるようになって、もっともっと深い話も出来るようになった。


私は父ほど真面目では全く無いけれど、曲がったことが厭いなのは父に似たと思う。

社会に出た今、“本当は駄目だけれど、仕方ないで済まされる沢山の事柄”に疑問は尽きず、葛藤と戦う日々。

そんな社会の中で真っ当に生きてきた父を、私は心から尊敬している。



私は今まで、本当に我儘で、自分勝手で。相当甘やかして貰っていた。

両親の幸せを私が全部奪ってしまっていたことに、やっと気付いた。

幸せはいつも其の幸せが遠退いてから気付く。

だから後で悔やむんだね。





まだ、親孝行、全然出来て無いから、親孝行させてください。

近々、帰るからね。

孫も生まれて、これから楽しみだよね。



手術が成功し、完治しますように。

他へ転移していませんように。








本当はこんなことを書いている状況ではないのだけれど、

書くことで不安やストレスを発散し、

また、誰もが見られる場であることで理性を保ていけるだろうと信じて。