こんにちは 
当り前の景色、生活がなくなっていくこと。
仙台を訪れたのが5月11日。
それから一ヶ月経ってしまいましたが、ぜひ紹介したい場所があります。
仙台のハーフマラソンに参加したのは、友人が震災のボランティアをしたつながりでした。
そのご縁でお仲間に津波の被害があった閖上(ゆりあげ)地区をご案内いただきました。
仙台から車で30分ほどの名取市に
「閖上(ゆりあげ)の記憶」という施設があります。

閖上、震災のことを語り伝え
それぞれのペースで心の整理ができるように。
まず長老の大友貞子さんから震災前の活気ある街の様子、震災当時のことをお聞きしました。
閖上という土地は「門」に「水」という漢字が示すように、守られていると信じられていた。
それがまさか…時が経ったからこそお話しできること。話すことができない人もいる。自分が伝えないとそのままになってしまうというお気持ちが伝わりました。
それから閖上中学校遺族会・代表、丹野祐子さんに街を案内していただきました。
どれだけの水がせまってくるか、誰も予測できなかった。
聞いていていて胸にせまるものがありましたが、
ガイドとして伝えるべく凛としてお話し下さる姿勢に
しっかりこのこと覚えておきたいと思いました。

閖上中学校前の慰霊碑。
14名の生徒さんが津波の犠牲となりました。

閖上小学校の体育館に集められた遺物。中にはアルバムなども。
いろいろな事情、他の土地に移った方々などもいてそのままに。
いづれ処分されるそうです。
小学校の校庭で子供達が「こんにちは~」と声をかけてくれました。
楽しそうに野球をしている姿、微笑ましかった。
(小学校・中学校とも閉校しています)

一番標高の高い日和山(標高6.3m)から望む街並み
かつて5000名以上の人々が暮らしていた街は更地に。
ただ外から来て見て安易なことは言えない。
当事者の方々を最優先にした復興を。
写真は風景のみですが、複数の方々が訪れていました。
ボランティアもいらっしゃいました。行方不明者の捜索が続けらています。

閖上あみーずのレインボーたわし。可愛くて使うのもったいない。
「いつの日か、メンバー全員が同じ虹を同じ想いで見ることができますように…。」そんな願いがこめられています。
夕食は閖上さいかい市場の「若草寿司」でいただきました。
贅沢にも初めて海鞘(ホヤ)をいただきました。
海の幸の美味しかったこと。ありがとうございました。

仙台に戻る車中から見た風景
海沿いから離れた街中は何事もなかったように平穏です。
ここに生きている、生かされいる。
今日もありがとうございます 