私、SNS歴は長く、他のSNSからツイッターに移ったわけで。
フォロワー関連のトラブルに巻き込まれたりでうんざりして垢消し、新垢で心機一転! なんてことも経験しましたが、この度、スッキリ削除。
最初のアカウントから何だかんだで8年くらいはツイッターにどっぷり浸かって過ごしてたんですね。振り返ると長いものです。
たくさんの人と交流して、オフ会やイベントで出会ってお茶したり遊んだり……
楽しかった思い出が多いですが、不快な出来事も当然あって。でも、それはもう終わったこととして割り切ろうとしてます。
ツイッターで費やした時間を無駄と思うことはなくて。たくさんの「縁」と経験、そして色々と知識を得られたことは感謝してます。
と、まあポジティブな記事に出来たらいいのですが、そういうわけにもいかず。
辞めて少し時間を置いたことで思考が整理されましたし、ツイッターに限らずSNSについて自分の考えを吐き出してみることにします。
少々長くなると思われます。ややネガティブな内容となります。
個人の所感にすぎませんが、不快になられる方もいるかと思います。何卒ご容赦願います。
(今回絵文字は未使用。おちゃらける表現はしません)
◆ツイッターをやっていて感じたこと
第一に情報過多で疲れました。見たくもないものまで目に飛び込んでくるわけで。
フォローの厳選、ミュート、リスト管理と対策はしましたが、完全に防ぐのは難しい。ツイッターの仕様上仕方ないことですけどね。
それと、個人の発信が容易になったことは良いことだけではないですね。
簡単に人と交流できる、繋がれるのはメリットではありますが、その分切ることもあっさりと。
ボタンひとつで関係を断ち切れる場所だから仕方ないとは思いますが、やはり親しくしていた人とお別れするのは悲しく、辛いです。
まあフォロワー数が増えていき、4桁超えてから人格が変わってしまったような人もいて。
数字の魔力に取り憑かれてしまったのでしょうかね。
色々とついていけなくなってこちらからお別れした人もいました。
その頃の自分だったから仲良く出来たんだ。と思うようにしてますが。
あと何かしらの批判、晒し行為なんかはしょっしゅう目にしました。
歪んだ正義感による暴走は恐ろしいですね。その界隈では日常なのかもしれませんが。
やたらと攻撃的な人が多く、言葉の刃で傷つく人達の姿は見てられませんでした。
人格否定はザラで人生観、趣味、生き様を否定され、尊厳を傷つけられて平気でいられるわけがありません。
過剰なネット私刑が横行していますし、誰しも加害者・被害者になり得る世界。
フォロワー数が多い影響力あるユーザーを崇め、宗教化してるような状態も震えました。
何を言ったかではなく、誰が言ったかで判断。情報の精査をせず、いいね、RT数で信憑性を推し量ってる人もいる始末。
批判にしても加減をわかっていない。今はSNSの発言ひとつでいくらでも人を傷つけられますし、大袈裟でもなく破滅においやることも出来ることをわかっていないんだなと。
スルースキルがないこともですが、自分が気に入らない人を排除しにかかる攻撃的な人が増えすぎたように感じます。
当事者同士の話なのに、実害のない第三者がしゃしゃり出てさも重大な過失! とばかりに大騒ぎしたり。
その人の私情や立場を知らない外野が大騒ぎし、引っ掻き回しておいて何も責任を取らずにそそくさと去る。
このような光景は幾度となく目にしてきましたが、やりきれませんね。
他にはオタクに対する同族嫌悪をよく感じていました。
声優さんへのリプライやクリエイターさんに対して単純に距離感おかしいだけじゃなく、リプライ見てて鳥肌が立ったことは数えきれず。
その人の職業や属性とか関係なく、一人の人間として認識出来ていないのでは? と思うことは多々あり。
画面の向こうには生きている人間が存在しているということを忘れてるのでは? と。
そして、これは個人的に一番心配に感じたものなのですが……
やたらと【精神疾患】と関連づける方が増えてきたなと感じます。
誰しも当てはまるポイントがひとつはそりゃあるでしょうけど、ちょっとした読み違えをしたり、少し一般的な感覚とズレてる人に対しても「アスペ」や「発達」といったワードを投げつける人が……
色々認知され、浸透し、世の中が受け入れようと変化してきてるのは良いことではありますが、SNS社会の弊害か自分の内に秘めておくことが出来なくなってるんじゃないかなって。
プロフィールに病名・服薬を明記するのは確かに個人の自由ですけど、そこまで開けっぴろげにするものかな……と
自分も色々ありますし、説教したいわけではないのですが。
でもみんな表に出さないだけで色々と辛い物を抱えているわけで。いくら何らかの疾患を抱えているとしても、周りに攻撃的だったり、迷惑をかけても免罪符にするのはやはり違うと思うんですよねえ。
自己主張は大いに結構ですが、やはり加減を弁えないとですね。
▲個人的な趣味とか
私は「ゲーム」が好きでして。オタク気質、いえまごうことなき完全なオタクなわけですが。
ツイッターを通して好きなものが嫌いになるパターンもあるよなと感じてます。
私の場合は「ゲーム」ですが、共通の趣味を通して色々な人と交流して。
好きな作品のことで盛り上がったり、知らない作品を知って、新しいジャンルに手を出すきっかけになったり楽しい時間を過ごせたのは確かですが。
いつの間にかフェミだのポリコレだの苦手なワードが飛び交うようになって風向き変わりましたね。
ゲームを通じて親しくなった人がその手のワードを多用するようになったり、政治批判だのし始めて変わっていく姿を見ていられなかったです。
望まずとも人はその環境に染まるものですがね。
批判は自由ですが、作者の目に触れるところでやるなというか。メーカー様や作者にリプライを送っている人はもう異分子だな……と。
自分の好みに合わない、納得出来ない部分があっただので潰れろだの罵倒するだの言いたい放題。
作品が自分に合わなかったなら静かに離れるのがベストなのですが……
好きなシリーズを嫌いになったり、ハマったコンテンツに後ろ足で砂かけるような真似したくないのですが、そういうポリシーやらモラルはツイッターでは失われるのかもしれませんね。
ツイッターに限らず今のネットは暴力性に満ちていますが、ツイッターはことさら酷い。
ゲームは変わらず好きでも。大人になる、成長するって悲しいことでもあって。
体力、気力の衰え。そういう気分になれなくなってます。寝食忘れて没頭出来たあの頃。
やっぱり歳を重ねることでイヤでも現実と向き合わないといけない、現実を生きないといけないと思うようになって。
でも、それを「大人になったから」のひと言で片付けられるのはスッキリしなくて。
「好きなモノは好きだし。好きのままでいたい」とガキのままの自分が顔を覗かせてます。
でもひとつのことにずっと熱中出来るのもやっぱ一種の才能なんだなってしみじみ思ってます。
進む道、活躍するステージが変わって、生活スタイルは当然異なりますからね。
趣味においてもそれに向ける熱量、ジャンルは当然変わりますし。
たくさんゲームをプレイされてる人のツイートを見てるのは楽しかったのですが、いつの間にか変な劣等感を抱いたりしていて。
ひたすら趣味に打ち込めている人が羨ましいと感じていることに気づいて慌てて距離を置いたわけで。
他人と比較してもどうにもならないと頭ではわかっていても、それを無意識でやってるほど心の余裕が無かったこと、ツイッターに浸かりすぎていたんだなと。
その人がどんな生活、仕事してようが私には関係ないのですし。人の楽しみに口出す筋合いはないですからね。
どんな趣味でも人に迷惑をかけていないのであれば自由ですし。
と、まあやらないといけないことがあったりで時間は限られるし、他の人とプレイペースを比較しても仕方なくて。
焦ってもなんにもならないから自分のペースで遊べばいいんですよね。何事もそれぞれの楽しみ方があるんですから。
スマホゲーも遊んでいますが、いつの間にか周囲に合わせようとしていたことにも気づけました。
流行っているから、周りがやっているからじゃない。自分が好きだから遊ぶ。そして何より楽しむこと。
この気持ちを忘れてました。
すっかりゲームをコレクションするのが趣味になりつつありますが、それが自分の楽しみ方でいいんですよね。我流で行きます。
そんなこんなでツイッターを辞めて、自由に使える時間が増えたからゲームに時間割くぞー! と思いましたが、現実は非情。そうもいかなず。
映画や読書もですが、ダラダラする時間が増えただけな気がしてます。己の怠惰が露呈しただけ??
自分の時間の使い方が下手なだけですが、この辺りは徐々に改善していくしかないのかもしれませぬ。
まあツイッターやりながらも読書、創作、ブログ、ゲーム、趣味に没頭と時間の使い方がお上手な人はわんさかいますが。
結局頭の構造の違いと、息抜きにしても加減と調節がしっかり出来ているんでしょうね。己を律せるかどうかなんですね。
でもそういう所を見つめ直せたからこれで良かったと思うことにしてます。
■離れて感じること・気づけたこと
やっぱりですけど、ツイッターに限らずひとつに依存せず、広く交流することが大事ですね。
ネットもネットでひとつの居場所だと思ってましたが、いつの間にかSNS社会となり、現実と密接するようになっちゃってて。
一時の逃避や安らぎをネットに求めてSNSをやってる部分もありましたが
一方的な正論で黙らせたり、説教したがる人の多さにほとほと疲れ果てました。
叱ってくれることの有難さは確かにありますが、こちらの都合や立場を考慮してくれないですし。
そこまで言われる謂れはなくない? と思ったりも。
楽しみよりも不快さが勝ったらもうそれまでなんですよね。
結局ツイッターに限らずSNSでは周りが知ってる、普通なことでも現実では普通ではないし、下手をすると非常識なわけで。
マイノリティの集いだし、SNSと現実は当然別物であることをちゃんと心に留めておかないといけませんね。
スマホが普及し、一人一台が当たり前になってる時代。SNSが一般化している今、やらないという選択肢も当然自由なんですよね。
インターネットはもうリアルとは別世界の話じゃない今、発言には本当に気を付けないといけないと思います。
もうアカウントを非公開にしてもスクショで晒される世界ですし。
結局リアルでそのツイート内容を言えるのか? って話ですし、面と向かって口にできないことは当然あれど、言葉の使い方ひとつ間違えると破滅の道まっしぐらですよ、冗談でもなく。
仕事の一環でツイッターをやらざるを得ない方も当然いるでしょう。同情します。
今はリプライ制限機能が追加されていますが、セクハラ、人種差別なんてもはや日常と化した世界。
閉鎖的な狭い空間で、独自のルールが築かれており、いつしか常識となる恐怖。
気づかぬうちに影響を受け、染まっていくものですが、私はもう限界で見切りをつけました。
はじめは独り言をつぶやく場所として利用してましたが、今のツイッターはそういう場所ではなくなりました。
変わりゆくものは仕方ないですし、適応出来ないなら離れるしかないのですよね。
また、当たり前のことなんでしょうが、自分が仲良くしたい・仲良くできる人とつるめばいいんですよね。
ちゃんと自分のことを一人の人間として対等に見てくれる。尊重し合い、人との繋がりを、お互いのことを大事に出来る人と。
こういうことに気づくのが遅すぎました。
仲良しになる友達って案外自然に出来るものですし、相手がそれを求めてないのに親睦を深めようとするのは間違いですからね。
ツイッターを辞めた今、残ったのはこれからも仲良くしたい、本当に大切にしたいと思える方々で。
ありがたいことにLINEやディスコードのIDを交換してそっちでやり取り出来ている方も。
人との距離感ぶっ壊れてる人が珍しくもないから変なとこで影響受けちゃってました。
かけがえのないご縁にただただ感謝です。
●終わりに
ここまで私個人の私見や主張を述べましたが。当然ながらこれらを人に押し付けるつもりはなく。
ツイッターというSNSを全否定する意図も無いです。楽しい時間を過ごせたということに嘘偽りはありません。
ですが、不快に感じられた方がいらっしゃったのなら申し訳ありません。
ただ、SNSにどっぷり漬かり過ぎず、一度自分を俯瞰してみては? という気持ちで書きました。
(ちょっと合間に自分語りを交えてしまいましたが)
ここまで御託を並べてしまいましたが、同族嫌悪が混じってることは否めません。
私自身、人様に偉そうなこと言える筋合いはないだろうと重々承知しております。
自覚がないだけでツイッターでの言動はもちろん、イベントでのオフ等でも礼節に欠けた行いをしていた部分はあったのでしょうし。
私のことを憎んでいる方もおられると思います。それはもう仕方ありません。
自戒の念も込めて書いてましたが、猛省するばかりです。
ここを見ているのかわかりませんが、自己満足に過ぎない感謝の言葉を述べさせていただきたい。
ツイッターを通して交流があった方々へ、この場を借りてお礼と、お詫び申し上げます。
別のSNSからの付き合いで10年選手の方もおり、とても長い間私と仲良くして頂き、そっと見守ってくださったことには感謝しかございません。
私の至らぬ点が多く、さぞご迷惑をおかけしたと思われます。それでも、親しくしてくださったことに心から感謝しております。
またご縁があり、何処かでお会いすることがあったら何らかの形で恩を返させて頂きたい。
皆様、今まで本当にありがとうございました。どうかお元気で。
繰り返しますが、この記事に書いた内容は個人的見解に過ぎません。
ここまで長文をお読みくださり、ありがとうございました。
これを読まれた皆様がSNSと良い付き合い方が出来ますように。
それでは。