「子ども産んで育てた方が幸せだよ」(女性)

「子どもを養ってこそ一人前」(男性)

田舎だとこんなことを言われる場面に遭遇することがあります。(性別ごとに言われやすいセリフが違うのもジェンダーバイアスを感じますが…)


そのたびに愛想笑いで流してきましたが、内心ではずっと引っかかっていました。それって、親の目線の話じゃない?と感じていたのです。


もちろん、子育てをして幸せを感じている人や子育てをしている人を否定したいわけではありません。

多くの人は子どもの幸せの上に親の「子育て=幸せ」が成り立っていると思います。


今回は、私が言われた「子ども産んで育てた方が幸せだよ」という言葉に感じる違和感について、子ども目線・親目線の両方から考えてみたいと思います。


◇「子育て=幸せ」が成り立つ条件


多くの人はきっと、「子どもも幸せになる」という前提のもとで「子育て=幸せ」と言ってくれているんだと思います。


でも私は思うんです。「子どもも幸せになる」前提は、子どもの幸せをある程度保証できる人だからこそだと。(親の性格、環境、収入など)


誰にでも当てはまる言葉ではないと思います。少なくとも私には当てはまらないですし。

実際の子育ては、綺麗事だけでやっていけるものではありません。それだけ、人の命や人格に関わることだから。



◇それは本当に“子ども目線”の幸せ?


「子育て=幸せ」という価値観を、無意識のまま 他者に当てはめてしまう人は、親側の幸福感だけを基準に話してくることも多いです。


・子どもがいる人生は幸せ

・育ててこそ一人前

・老後が寂しくない


でも、その中で「子どもは幸せか?」という視点は、意外と抜け落ちている気がします。


親が幸せでも、子どもが幸せとは限らない。

この前提を無視したまま語られる「子育て=幸せ」には、どうしても違和感を覚えてしまいます。



◇私が「子どもを持たない」理由


少なくとも今の私は、「子どもを幸せにできる自信がない」 と思っています。


だから、子どもを産み、育てない選択をしています。それは私なりの誠実さです。


仮に、私が「子育てで幸せになれるタイプ」だったとしても、子どもの幸せを十分に考えられないなら、それは 「私のエゴ」 でしょう。



まとめ


子どもを持つことも、持たないことも、どちらが正しい・幸せという話ではありません。


大切なのは、他者のしあわせの形を鵜呑みにしすぎないこと。

自分と、そして関わるかもしれない誰かの人生に、ちゃんと向き合うことだと思います。