私が復職したのは、息子が1歳になった夏の日だった。

炎天下、背中に息子をおんぶして自転車を走らせる。
ふたりの頭上に容赦なく降りそそぐ、セミの声と金色の煮え湯のような真夏の陽射し。
迷いながら、悩みながら、いろいろな思いを噛み潰して飲み込んで、必死でペダルを漕いだ。
暑かった去年の夏を思い出すたび、あのときの、自分がねじれて切れてしまいそうな、キリキリと痛いほどの切なさがよみがえってくる。
乗り越えることができたのは、保育園の先生方のおかげだ。
あの出会いがなければ、私は育児と仕事の両立なんて絶対に選ばなかった。


育児休暇が終わる、息子の1歳の誕生日。
その日が近づいてくると、煩悶し懊悩する日々が始まった。

幼いという言葉も当てはまらないほどの小さな子を、よその人に預けて、一日中会社で働くなんて、ほんとにできるんだろうか?
お母さんと無理やり引き離されて、かわいそうじゃないのかな……。
今まで数分と離れたことがない息子と、いきなり10時間以上も離れて過ごす。
不安、と言うだけでは足りない。それはほとんど恐怖に近い感情だった。
怖くて怖くて、ちぎれて死んでしまいそうだった。

そんなフラフラとしたうつろな気持ちを抱えたまま、保育園の先生と面談をした。
そのとき、切羽詰っていた私は、急き込んで話しているうちに涙声になってしまった。

こんな小さい子を預けて、仕事に行くなんて、実はまだ考えられないんです。
かわいそうな気がして。気持ちの整理が全然つかないんです。

先生はきょとんとして聞いていて、それから笑って、明るい声で言った。

「お子さんのことは、安心して任せてください!
 私たちは、育児のプロですから」

育児のプロ。
その言葉で、ごりごりに力んでいた私は、突然ラクになった。

たしかに私は母親だけど、知らないことも多いし、できないこともたくさんある。
そんな私と、密室で一対一で顔つき合わせて24時間暮らすことが、必ずしもいい育児とは言えないかもしれない。
育児のプロの手を借りて、そして助けてもらって、アドバイスをもらったり教えてもらったり、家とは違う環境で刺激を受けることで、得られることもきっといっぱいある。

そう思ったら、急に1歳以降の息子の成長が楽しみになってきた。
保育園で、歌や踊りを習って、それを家で見せてくれる息子の姿を想像して、嬉しくなってきた。

そんな明るい気持ちで、前向きに復職できたことは、私にとってすばらしいプラスだった。
明るい気持ちで職場に行けたから、仕事に新鮮な気持ちで楽しく取り組むことができた。
私が楽しそうに仕事をしているから、夫も安心して会社に行き、家事や育児にも積極的に関わってくれた。
息子の成長や変化を一緒に見てくれて、喜んでくれている保育園の先生たちがいるということは、とても心強く、力がわいてくることだった。

保育園に通い始めて5ヶ月後、私たちは引っ越した。
私は今も仕事を続けているし、息子は違う保育園に通っている。毎日頑張っている。
今にも死んでしまいそうにぎゅうぎゅうに縮こまっていた私が、笑顔で毎日を乗り切っているのは、すべてあの夏の日の出会いのおかげなのだ。