著者は、アメリカのジョンズ・ホプキンス大学医学部教授で神経科学者です。
ドラッグやアルコール、高カロリー食、セックス、ギャンブル、さらには
エクササイズや慈善事業に至まで、さまざまな刺激がもたらす快感に目を
向けています。
私たちが何かをしようとするとき、その動機づけとなっているのは
「快感」であると言っています。
そして、私たちが作り上げてきた法律や宗教や教育制度は、どれも
「快感のコントロール」と深く関わる、と言っています。
確かに、煎じ詰めればそうなると思ったので、私はこの本に興味を
持ちました。
解剖学的に明確に定義される快感回路が脳の中にあります。
それは、「内側前脳快感回路」と呼ばれ、人間の快感はこの小さな
ニューロンの塊の中で感じられているそうです。
1949年から1980年まで、不道徳ながらも興味深い実験が行われました。
24歳で同性愛の男性の脳の深部9か所に電極を埋め込み電気刺激を
与え、快感を引き起こしたところで異性愛的イメージを結び付ければ
女性を愛せるようになるのではないか、というものです。
9か所の電極のうち中隔に埋め込まれた電極に電流が流れたときに
この男性は快感を感じました。
本人に操作をさせると、まるでテレビゲームに夢中になった8歳の
子供のようにボタンを叩き続けたと言います。
別の研究グループが慢性痛のコントロールのために、ある女性の脳の
中隔に近い視床に電極を埋め込み電気を流すと、薬で痛みを治療できない
からこのような治療を施したのですが、性的快感を呼び覚ましてしまった
そうです。
患者が自分で操作できるように装置を預けると、自分の健康も家族のことも
気にかけず、多いときは1日中装置をいじくり回し、自分の脳を刺激し、
その指先に潰瘍ができるほどだったといいます。
原初的な快感(報酬)回路は、進化のごく早い段階で見られるそうです。
土中に生息する線虫は体長1mmほどで、ニューロンが302本あり、快感
回路が8本あります。匂いでバクテリアを見つけ食べるそうですが、
匂いは感知できるようにしたまま、8本のドーパミン・ニューロンを
働かないようにすると好物のバクテリアに見向きもしなくなるのだそうです。
古代の身体設計を保っている線虫とヒトの両方でドーパミン・ニューロン
が快感回路の中心的位置を占めているわけです。進化の過程でここが変わって
いないという事実が行動の発達において快感が中心的な役割を果たしている
ことを証明しています。
また、こんな面白い実験もあります。
肥満した若い女性と痩せた若い女性にチョコレート・ミルクセーキを
ストローで飲んでもらい、そのあいだに脳をスキャンするというものです。
結果は、肥満の女性のほうが快感回路が鈍感に働くのだそうです。
てっきり逆を予想していましたが、快感回路の低機能を補うために
たくさん食べることになるらしいです。
しかもミルクセーキを飲む前に肥満の人は、快感回路が比較的
大きく活性化するのだそうです。
つまり、大きな報酬を望んでいながら小さな報酬しか得られない
ので大量に飲んでしまうということです。
それから注意しなければいけないのは、悪徳であろうと美徳であろうとヒトを反復
的行動に駆り立てるのは、神経学的には、同じ快感だということです。
依存症については、本人の意志の力ではどうにもならないのですが、いったん形成
されたニューロンの物理的構造を元に戻すことができなくても、それに対抗する他
の接触を意図的に形成することはできるということです。
まだまだ興味深い実験が紹介されていますが、ここでは控えておいた方が
いいかなと思うものもあります。
速読の訓練も長年続けられる人は、快感を見出しているからだと思います。
中太啓治