底見せ脱線ゲームーグルメ、温泉、その他もろもろ

底見せ脱線ゲームーグルメ、温泉、その他もろもろ

ラーメンを食べるときにはスープまで飲み干す。丼の底に何か楽しいことが書いてあるかもしれないからだ。

Amebaでブログを始めよう!
さて、新元号公表まであとひと月を切りました。以前、「アルファベットから考えた次期元号」等という文を書きましたが、今回は出典から考えてみました。
 
 元号というものは、単に漢字を並べただけではダメで、ちゃんと典拠となるものが必要なのです。今までですと、古代中国の典籍、四書五経や史書等からおめでたい文章を探し出してきて、そこに使われている良い意味の漢字を取り出して元号とするというのが例でした。
 
 ところが、なぜか今回はどこからともなく日本の古典から云々というニュースが流れてきます。火の無いところに煙は立たないので、おそらく官邸に近いところあたりから小出しにリークしているんだと思います。平成に改元の際も、国文学者に案を出させようとして失敗したようですが、今回は本気のようですね。おそらく、中国の古典からとはけしからん!って輩があほな横槍を入れてるんでしょう。よっぽど中国が嫌いなのでしょうね。今の共産党国家と古代の中国はなんの関係もないというのに。
 
 さて、ここまで日本の古典にこだわる現政権ですから、本気で日本の古典から選ぶつもりなんでしょう。室町時代以前のものなんて限定まで噂に。
 
 
 で、その日本の古典は何になるか、予想してみましょう。
 
 
 元号の典拠としては、基本的にはおめでたいことがらが選ばれます。わりと政治的な意味で。国王の政治が素晴らしくて国は平和で国民は豊かで、みたいなのが選ばれます。通常。さて、そんなことを記した日本の古典なんてあるでしょうか。
 
 日本の古典として考えられるのは、
 
 古事記、日本書紀をはじめとする六国史、その他史書類、風土記等の地誌類、律令格式的な法制史料、詩歌等の文学作品、小説類、、、
 まず、文学は無いでしょう。やはり国家統治の根源である元号ですから、文学なんてものからは持ってきませんよ。和歌は仮名だから無理でしょ。漢詩だってねぇ。法制史料も考えにくい。法律の文書におめでたい理想を述べたものなんてあんまりないし。法律ってのものはもっと合理的で率直なものだから。詔勅なんかでダラダラと理念的なことを書くのはありますが、それもだいたい中国古典からの受け売りだったりパクリだったりするから使えないでしょ。
 
 そうなると、史書か。『古事記』は難しいだろうな。漢字的な表現ではないし。そうすると六国史だな。『日本書紀』か? でも、通常の記事では、事実をダラダラ書いているのが普通だから、あんまりおめでたい文章は多くないし。ましてや神代紀なんか使おうものなら、リベラル系の方向からガンガン苦情が飛んできそうだ。
 
 そこで、『日本書紀』でも使えそうなところを考えると、例えば十七条憲法。誰でも知ってるし。え? あれは偽作だって? 偽作だろうがなんだろうが、『日本書紀』に載ってるんだからいいじゃん。第一条なんかいいんじゃない。「以和、為貴」から「和貴」なんて元号が作れちゃう。(ё_ё)キャハ。ただ、十七条が全体的に君臣上下みたいなのを説いてたりするので、やっぱりリベラル系の彼方から石が飛んでくる可能性は無きにしもあらず。
 
 あとは、大化の改新詔。え、あれも偽作だって? だから偽作だろうが何だろうが、かまわないの。日本古典の『日本書紀』に載ってるんだから。でも、さすがにこれは使えんわ。内容が、具体的すぎる。あんまりおめでたい感がない。
 
 『風土記』はどうでしょう。これも、なくはないけど、ちょっと神がかってたり、フィクションにすぎるところがあるからなぁ。
 
 そこで、大穴。菅原道真から。というか、菅家文草に収められている文章から。これは政治的なのもあるし、堂々たる文章、素晴らしい。策問や対策(官吏登用試験の問題や答案)なんかいいんじゃない?
 とうわけで、ズバリ
 
 次の元号の典拠は菅原道真!!
 
 あ、もしかしたら本朝文粋かもしれないけどね。