館長の中島先生に草加の成り立ちを教えて頂きながら
展示物を見てきました。
草加宿は約400年前に大川図書(ずしょ)が近隣9か村の人たちを率いて
沼地を埋め立てて作ったといわれています。
中島先生の話で印象深かったのは、歴史的な資料に大川図書以外の名前は
なかなか出てこないが、一人で宿をつくれるわけもなく、多くの人たちが
協力しながら、難事業をやりとげた。草加の人のルーツは開拓精神あふれる人たちだ。
ということです。
開拓者精神は今の時代にも必要ですね。新たな草加人の出番です。
写真は草加宿の1000分の1のジオラマです。
昔は旧道の入り口から出口までが草加宿、その他はほとんど田んぼだったんですね。
宿の出口には綾瀬川の河岸があって、草加は日光街道の街道文化と舟運で栄えた町です。
