最近知ったのですが、創価学会が他の宗教を邪宗や、邪教や、邪宗教と言っていたのは、田原総一朗著作の【創価学会】によれば言論、出版問題が起こった丁度1970年頃までで、この頃から他宗という呼び方にしたらしく、イスラム教やキリスト教を邪宗教と決めつければ国際社会では生きていけないともこの本には書いてありましたので他の宗教は"他宗"と言った方がいいようです。


(※訂正

しかし言論、出版問題の際に明治大学教授、藤原弘達著作の創価学会を批判した【創価学会を斬る】という本は佐藤優さんによると藤原弘達教授が内閣調査室(内閣情報調査室の前身)の幹部、志垣民郎氏に工作されて書いたようで、この事が田原総一朗著作【創価学会】には書かれてませんが、この事は2019年に志垣民郎氏が上梓した回想録に書いてあるため、2018年出版の田原総一朗著作【創価学会】には書かれてないようです。


公安に指示されたとは人に聞いた話でありその相手の記憶違いで誤りでしたので不確かな情報を載せた事を謝罪とともに訂正致します。


その聞いた相手の情報元であった本を読んでみましたが、

『内閣調査室が最も重視したのは日本の共産化を防ぐことであり、外務省の曽野明氏のアイデアで志垣氏が進歩的文化人を徹底的に攻撃した』とあり、『同時に政府に味方する保守の言論人を確保することも志垣氏の重要な役割だった。右に行くか、左に行くか分からない有望な学者に、テーマと研究費を与え、保守陣営につなぎとめる。その象徴的な例が藤原弘達であったという。』

藤原弘達氏は「宗教は人民の阿片である」というマルクス主義的宗教観の持ち主で、そういった所に目を付けられたのだと思います。

佐藤優さんは外務省の国際情報局で主任分析官をつとめていたようで、『そこでの重要な仕事の一つが、外務省の政策を理解する記者や有識者を増やすことだった。そこでまず用いるのは、高校や大学など、仕事と直接関係のない人脈を活用して、人間的信頼関係を構築することだった。その際に飲食接待は不可欠だ。

信頼関係が深まると、外務省が運営する「外交フォーラム」のような雑誌への寄稿や講演会の講師を依頼して、金銭的利益を相手が得る環境をさりげなく作る。その先は、外務省の内部使用のための調書の作成を依頼する。そこで30万〜50万円くらいの破格の原稿料が支払われる。依頼して作成した資料が実際に活用されることは稀だ。

そのようにして、カネを記者や有識者が受け取れるような関係を構築し、阿吽の呼吸で外務省の立場に反する行動を記者や有識者がしないようにする。「あれをしてくれ」「これをするな」というような具体的要請は、よほどのことがない限りしない。定期的に飲食を共にし、さりげなくシグナルを出すことによって相手を誘導するのがインテリジェンス・オフィサー(情報担当官)の腕だ。【内閣調査室秘録】を読むと志垣がヒュミント(人を通じた情報収集、工作活動)分野における一級の専門家であったことがわかる。そもそも志垣と藤原は、大学の同級生だった。』

志垣民郎氏は藤原弘達氏を「できるだけわが陣営に近づけようとした。そのため彼(藤原弘達氏)を接待することに苦心した。その一つが渋谷のバー【ダイアナ】などに行くことであった。彼はそこで踊り、酒を飲み、大きく振る舞った。

1954年12月9日に神保町の【酔心館】で接待したのを手始めに、さんざん飲み歩いた。私の日記帳には当時の接待の様子が克明に記録されている」

とあり、『会合は【福田家】のような料亭、【山の茶屋】【ざくろ】のような高級料理店が多いが、「新宿・キャバレーなど2軒」(1967年8月4日)という記録もある。会合には志垣氏以外の内調職員、自民党国会議員、外務審議官、宮内庁侍従長なども同席したことがある。当然、支払いは内調が行っている。車代や講演料については記されていないが、これだけの接待を日常的に受けていることから、内調から藤原に金銭の流れもあったと考えるのが自然だ。筆者も外務省時代にこのような手法で記者や有識者に働きかけていた。それが仕事だったからだ。』

志垣氏は藤原氏との関係をあくまで仕事と割り切っていたようで、『そもそも友人ならば、言論人として致命的な傷になる内調による接待について、藤原の死後であっても事実を公表することはない。』


藤原弘達氏が書いた【創価学会を斬る】は佐藤優さんがこの本で引用しながら批判しており、創価学会や池田先生について正しく書いてなく、印象操作に過ぎなかったり、差別的だったり、具体的なテキストに依拠して論じてなかったり、偏見であったり、揶揄であったり、憎悪(ヘイト)言説に該当するようです。


その【創価学会を斬る】が刊行されたのは、衆議院総選挙まであと一ヶ月と十八日の昭和44年十一月十日で、〈公明党攻撃の選挙妨害意図ありと「思われてもしかたのない時点での刊行」であったといえるだろう〉『という大宅壮一の見方は正しいと思う。』と佐藤優さんは言われてます。


『藤原が中立的評論家ではなく、政府の意向を体現する工作に組み込まれた有識者であったことは、言論問題を考察する際に無視できない要因だ。』


今後は、人に聞いた話を評論にするのはやめます。



田原総一朗著作の【創価学会】は、自ずと事実が書かれてない所があり、公平ではなく、割と推測もありますので、読まなくてもいいように思います。