トランスパーソナル心理学への興味



私がカウンセリング、心理療法の仕事を始めた1980年代は、トランスパーソナル心理学と呼ばれる分野の本が多く翻訳され始めた時期でした。



トランスパーソナル心理学では、大自然や宇宙などの個人を超越した存在と一つになった意識状態を研究の対象にします。

アメリカでは19601970年代に勃興してきた分野です。



日本では、その分野の論客として有名な、ケン・ウィルバーやスタニフラフ・グロフなどの著作が出版され始め、吉福伸一さん達が翻訳者として活躍されていました。



吉福さんはC+Fという会社を作り、スタニスラフ・グロフの確立したホロトロピック・ブリージングという方法を実践するセミナーを開催していました。




ホロトロピック・ブリージングのセミナー



チェコスロヴァキア出身で、後年アメリカにわたった精神科医のグロフは、早くて深く激しい呼吸に音楽とボディーワークを組み合わせることによって変性意識に導き、深層心理を解放していく方法を開発し、ホロトロピック・ブリージングと名付けました。



ホロトロピック・ブリージングは2人1組で実習します。

激しい呼吸をするほうの人をブリーザー、そのそばについてブリーザーの手助けをする人をシッターと呼びます。



大広間に敷布団がたくさん敷いてあって、ブリーザーは各々、その上に仰向けに寝ます。

シッターは寝ているブリーザーの横に座ります。



4チャンネルのスピーカーから大音響の音楽が流れてくると、ブリーザーは、口と鼻を使ってハイパーベンチレーション(過換気)と呼ばれる激しい呼吸を始めます。できるだけ激しい呼吸を続けるのが望ましいのですが、かなり疲れるので少しさぼっていると、シッターから「呼吸を続けてください」と促されます。



数分間、このような激しい呼吸を続けているとカーポペタル痙攣といわれる手足の硬直、しびれが起こる場合があります。血液中に含まれる二酸化炭素の濃度が、普通の呼吸をしている時より下がることが引き金になって起こる、と考えられています。



カーポペタル痙攣が起こっても、激しい呼吸を続けていると、消えてきます。

そして、その後、日常の意識状態を超えた変性意識状態に入っていくのです。





ついに深い変性意識に入った!



グロフの本などでホロトロピック・ブリージングについて知って、是非、深い変性意識状態に入ってみたい、と好奇心がうずいてきました。



そこで、吉福さんのC+Fに連絡をとり、セミナーに参加させてもらうことにしました。



1980年代のころの吉福さんのセミナーでは、毎回40人くらいの参加者が集まっていました。グロフが来日した時のセミナーでは80人くらいになったんじゃないかと思います。



富士五湖の湖畔のホテルなどを会場として、23日くらいのスケジュールで開催されていました。、私は、妙に気に入ってしまい(笑)結局5回ほど参加することになりました。



最初に参加したのセミナーでは、期待が大きすぎたためか、軽い変性意識状態の中でいろいろなイメージが沸き起こってきたくらいで終わりました。

しかし、参加した多彩な人達と色々語り合うのが楽しくて、続けて参加しているうち、3回目くらいに、驚くほど深い変性意識状態に入りました。



まったく身体感覚がなくなり、心がどんどん拡大して、広大な宇宙空間に溶け込んでいるような感じになりました。

そして、口が無意識的に動いて、しゃべり始めました。

何かを言っているのが宇宙の遠くのほうで聞こえているようなのですが、意識朦朧状態で理解不能です。



シッターをしてくれた人が、吉福さんの指示で、私が何を言っているかをメモしてくれていました。、後で見ると、宇宙、地球、生命、意識というような言葉が沢山出てくる詩のようなものでした。恐山のイタコ状態で(笑)無意識に語っていたようです。



深い変性意識状態になったことに味をしめ、それ以降のセミナーではもっと面白い意識状態にならないかと期待しましたが、大した体験は起こりませんでした。



グロフは、深層心理下に抑圧されているものを解放して、精神的に成長していく技法としてホロトロピック・ブリージングを開発しました。

しかし私の場合は、精神的な成長はあまりできなかったようです。、

それでもある種のエンターテインメントとしては、なかなか楽しい体験でした。



そして、確実に言えることは……激しい呼吸を長時間続ける技術には、十分熟達したということです。実生活では、ほとんど役立ちませんが……(笑)。

ヨーガの本



高校1年生のころ書店で「ヨーガのすすめ」という本を見つけました
新書サイズの本で読みやすそうだったのと、帯に書いてあった「毎日5分やれば○○になる。毎日10分やれば△△になる。そして毎日30分取り組めば超人になる」という宣伝文句が魅力的だったので、即、購入しました。

宣伝文句自体は詳しくは覚えていないのですが、学校で友達に言うと「エー、信じてるのー、なれる訳ないと思うよ」と言われたのは、よーく覚えています。

出版社が付けた帯の文は売る気満々のものでしたが、内容はいたってまじめな良書でした。

著者は大阪大学文学部教授もなさった佐保田鶴治先生でした。

佐保田先生は、インド哲学の専門家なので思想としてのヨーガはご存知だったのですが、中年期に体を壊され、知人のインド人のすすめでヨーガを始めて、健康を取り戻されました。それが機となって、行法としてのヨーガの実践家、そして指導者としての道を歩まれることになりました。



ヨーガについては、既に、沖正弘さんの「ヨガの楽園」という本が光文社のカッパブックスシリーズの一冊として出版され、よく売れていました。

沖さんは、静岡県三島市にヨガの道場を持っておられ、独自の修行の体系を作り上げ「沖ヨガ」と呼ばれていました。



佐保田先生は、沖さんと異なり、日本的な発音の「ヨガ」より、原語に準じた「ヨーガ」という発音を好まれ、また、本来のインドで行われてきた修行法に近いものを紹介しようと努めておられました。




ヨーガの瞑想法



「ヨーガのすすめ」のおかげでヨーガのポーズ(アーサナ)と呼吸法(プラーナヤーマ)と瞑想法の初歩について知ることができました。

また、瞑想には、プラチャハーラ、ダラーナ、ディアーナ、と修行の段階があり最終的にはサマーディー(三昧)に至るということも知りました。



本を頼りにアーサナ、プラーナヤーマの簡単なものをやってみたり、瞑想を試みたりしましたが、飽きっぽい私のこと、例によってすぐに飽きてしまいました。



後に、大学生になって、佐保田先生の主宰されている「ヨーガ禅道友会」に入会したり、大学卒業後、他のヨーガの先生に指導を受けたりするまで、練習はほとんどしませんでした。



唯一、シャバーサナ(死体のポーズ)と呼ばれるアーサナは、ただ仰向けになって力を抜いているだけなので、よくやってました。

それ以来、鯖を見ると、シャバーサナを連想するようにもなりましたが…。

私の催眠感受性


私は、今まで、アメリカ人の先生を含む何人もの先生に催眠を誘導してもらった経験がありますが、あいにく、深い催眠状態に入った経験はありません。

催眠状態は、深さに応じて、運動段階催眠、感覚段階催眠、記憶段階催眠の3段階に分けられることがあります。


(従来は、運動支配、感覚支配、記憶支配という言葉も使われましたが、最近は、催眠は人を支配する技法と誤解されないようにするため、この言葉は使われなくなりつつあります。)


運動段階では「手が挙がっていく」などの直接暗示に反応して、意図しなくても手があがってくる、などの現象が起こってきます。



感覚段階では、たとえば「花が見える」という直接暗示で、本当に花が見えている感じになります。


記憶段階では「名前が思い出せない」などという直接暗示で、名前が思い出せないといったことも体験できます。

私の場合は、感覚段階催眠にかろうじて入れる程度です。これは、どんな人に誘導してもらってもそうでした。


スタンフォード大学の教授(現名誉教授)で、アメリカの心理学会会長も務め「ヒルガード心理学」という教科書を執筆したことでも知られる、アーネスト・ヒルガードという著名な心理学者がいます。


ヒルガード博士は催眠の研究者としても知られています。


催眠にどの程度深く入れるかという「催眠感受性」についても研究し、それは先天的なもの、つまり生まれつき決まっている能力であると言っています。



私が、催眠療法に革新をもたらしたミルトン・エリクソン博士に、もし生前にお会いできて、催眠導入をしていただけたとしても、感覚段階催眠の中間くらいにしか入らないのではないかと思います。


こんなことを書くと草葉の陰のエリクソン博士はくしゃみをなさっているかもしれませんが…


私の最初の催眠体験


私を最初に催眠誘導しようとしたのは、6才年上の兄でした。
私が小学校の2年か3年で、兄が中学校の2年か3年くらいだったときです。


カッパブックス(前のエントリーでも書きましたが、よく売れていた光文社の新書のシリーズ)に藤本正雄さんの「催眠術入門」という本がありました。

兄は、それを読んで、催眠をかける相手として私を選んだのでした。


「手品を見せてやる」と言って、私たち兄弟の部屋の床に寝転ばされました。

兄は、私の眉間に指を当て「深く呼吸をして……さあ、今から兄ちゃんの言うとおりになるぞ。起き上がろうとしても起き上がれない。はい!」と強く言い放ちました。


「起き上がってみろ」と兄が言うので、上半身を起こそうとすると簡単に起き上がれそうです。


私が起き上がりそうなのを見て、兄は、眉間に当てている指に力を入れて、私の体を押しもどします。「ほら、起き上がれないだろう」と威圧的に兄は言うので「うん」と答えました。


しかし、力ずくで起き上がれなくしているので、起き上がれないのは当然です。「どこが不思議な手品なのだろう?」と思って、兄のやろうとしていたことの意味を量りかねました。



後年、催眠について学び、兄が試みていたのは禁止暗示だったのだと気付きました。禁止暗示とは「○○をしようとしても、○○できない」という形式の運動段階催眠の直接暗示です。


兄は催眠について、正しく理解していたわけではなかったでしょうが、弟への催眠誘導が明らかに失敗であったことは理解したようです。

それ以降二度と、私に催眠誘導を試みようとはしませんでした。


40数年前のことを書いたので、兄はくしゃみをしているかもしれません。