拙撮:雲のあるあおぞら(撮影時期不明)

そら

私たちには色んな感覚があります。


でも・・・
「ふわふわだから気持ちがいい」
とか
「すべすべだから気持ちがいい」
などは一方的な思いです。


例えば、
磨き上げた大理石を屋外に敷き詰めたらどうでしょう。
ちょっと雨が降るだけで、全面にバナナの皮をばら撒いたような感じになってしまいます。


見た目や一方的な「バリアフリー」と称する押し付けが、
街には多くは無いでしょうか?


階段の脇をちょっと削ってスロープを作って、
「はい、バリアフリー工事完了」としているケースは全く無いでしょうか?


エレベーターもあるし、いいじゃないか!!といわれる向きもあるでしょう。


でも・・ですよ。身体的特性(震戦・すくみ足など)では、
スロープが凶器になる場合もあるのです。


3・11のように停電してエレベーター等電気昇降機器が使えなくなったときに、
もしも階段が急だったら、(援助はもちろん期待できますが完全でないため、場合によっては自助が必要になる場合もありますよね。)
当然そのような特性を持つ人は転倒してしまう危険や施設内取り残しが発生します。
でも、どんなにゆるやかにしてもこれらの問題は決してなくなりませんが、
そのリスクを極限まで減少させる効果は期待できます。


出来うる限りにおいて
階段の段差をゆるやかに作り変える工事も必要なはずです。
公共スペースでその公共団体間の管轄権の問題がある場合は、
むしろ公共の福祉を優先して、譲り合うべきです。


電器機器に頼らない設備を日ごろからなるべく多くの人を巻き込んで考えてゆくべきですね。


特に金融に関わっておられる方には容易にお分かりいただける事と思いますが、
リスク・ヘッジ(予見危機事前回避行動)に慢心は禁物ですよね。まさに都市計画も命のリスク・ヘッジの最たるものではないでしょうか?