埼玉県川口市の新郷小学校で出会ったK.Tさんへ届けてください。

1994~1995年、私は小学4年生、K.Tさんは1つ年上の5年生でした。
私の一目惚れで始まった初恋。
同じ小学校で過ごすうちに、私はいつの間にかK.Tさんのことを意識するようになり、
「今日は会えるかな?」と毎日楽しみにしていました。

好きバレ事件
放課後、下校しようとしていたK.Tさんを校門の手前で見かけた日。
当時仲良くしていた友達Yちゃんと、私はランドセルを背負ったまま、校庭で遊んでいました。

Yちゃんは勿論、私がK.Tさんのことを好きなことは知っていたし、
その友達とK.Tさんは同じ工作クラブだったので、K.Tさんの名前もYちゃんから教えてもらったお陰で知りました。
K.Tさんが1人で帰ろうとする姿を校門近くで見つけて、「今から帰るんだ」と思ったその瞬間…
「Ma.ちゃんの好きな人はこの人だーー!!」
K.Tさんの正面に立ち、K.Tさんを指さしながら、Yちゃんが突然叫んだのです。
目が合ってしまったK.Tさんと私。
急に体がポカポカして…心臓がバクバクして、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚でした。
こんなに恥ずかしい気持ちになったのは、そのときが初めてでした。
当時メガネをかけていて見た目も地味だった私を、K.Tさんが見ているだけでなく、
「好き」という気持ちが伝わってしまうなんて…
隠れる場所のない広い校庭で、私はどうしていいか分からず、とにかく走り出していました。
心ごと逃げたくなるほど、恥ずかしくてたまらなかったんです。
何度思い出しても、今までの人生で1番恥ずかしかった瞬間です。

その叫び声の直後は、目が合った瞬間しかK.Tさんを見ていないけど、
かなり驚かれていたような表情をしていた記憶があります。
学年が違って話したことがなかったので、K.Tさんに「え…自分?」と思われたかも…
突然のことで、何が起きたのか混乱していたかもしれません。
走り去る私の姿も見られていたのかな…それもまた、恥ずかしいです。
私もまだ小学生だったから、告白するなんてことも考えていなかったので、
私の気持ちが、まさかK.Tさんにバレる日が来るとは思っていませんでした。

なわとび勝負のお誘い
休み時間に校庭で友達Mちゃんとなわとびで遊んでいた日。
最初はK.Tさん達の姿はなかったはずだったけど…
K.Tさんとご友人2人が、なわとびの縄を手にして、こちらへ向かってくるのが見えました。
すると、彼のご友人が「一緒に、なわとび勝負しませんか?」と声をかけてくれたのです。
まさか話せる機会が来るなんて…それはまるで夢のような出来事で、胸が高鳴るのを抑えられませんでした。
ドキドキし過ぎて、嬉しいのに何も言えない自分がいて。
あまりに突然のことで、緊張と動揺で「どうしよう…」と頭の中が真っ白になってしまいました。
その時、チャイムが鳴ってしまい、つい断ってしまいました。
彼のご友人に断った理由を聞かれ「休み時間が終わっちゃうので…」と伝えたつもりでしたが、
早く教室に戻らないと先生に怒られるかも…という不安もあり。
彼のご友人が「1回だけでも」って言ってくれたけれど、どうしても時間が気になって…
その言葉がすごく嬉しかったのに結局断るしかできず、ちゃんと応えられなかった自分が悔しくて…
本当にもどかしかったです。
チャイムが鳴る直前、私ももう少しだけ勇気が出ていたら…
あの時間が、もっと違うものになっていたかもしれません。

それが最後になるなんて…
もう少し時間と気持ちに余裕があったなら、
「話せるきっかけをくれてありがとう」
と一言だけでも伝えられたのに…
本当は一緒に遊びたかったな…ゆっくり話してみたかったな…
K.Tさんの声も聞いてみたかったな…
その後、校内でK.Tさんの姿を見かけることはありませんでした。
おそらくK.Tさんは、小学6年生になる1995年春に転校されたのだと感じました。

K.Tさんが転校された後、声をかけてくれたご友人と校内ですれ違うことがありました。
目が合ったこともありましたが、彼の方から声はかけられず、
そのまま過ぎていきました。
私の方から声をかければ、K.Tさんが転校したこと、あの時のことも聞けたのかも…
どこに転校したのか、教えてもらえたのかもしれません…
だけど、小学生の頃の”1つ年上”は、今思えばほんのわずかな違いなのに、
あの頃の私にはとても大きな壁に思えて、どうしても勇気が出ませんでした。

実はK.Tさんを図書室でよく見かけていたので、図書委員だったことを知りました。
「図書委員ってどんなことをするんだろう?」と興味を持ち、私も5年生に進級後に図書委員に立候補しました。
もう同じ学校にいないのは切なかったけど、同じように図書委員を経験できたことはちょっぴり嬉しかったです。

また、この投稿を書いていく中で、ふと気づいたことがあります。
それは、
私は自分から何か行動を起こさず、ただそっと想い続けていただけだった
ということでした。

 

K.Tさんへの気持ちが伝わったのはYちゃんのおかげで、
休み時間に声をかけてくれたのもK.Tさん達からでした。
いつも周りの人に助けられて、今はただ感謝の気持ちでいっぱいです。
でも、私は?
私はいつも受け取るばかりで、何も返せていなかった気がします。

それどころか、私はいつも逃げてばかりでした。
気持ちが知られたときには、恥ずかしくて思わずその場を走り去ってしまった。
遊びに誘ってくれたときも、「休み時間が終わっちゃうので…」と断るしかできなかった。
今思えば、ちょっぴり不器用で臆病な小学生だったのかもしれません。

そして約30年経った今
ようやく私は、自分の言葉で想いを届けようとしています。
「いまさら…」と思われてしまうかもしれないけれど、
大切な思い出だからこそ、忘れないうちにちゃんと言葉として残しておきたかったんです。
きっと忘れることなんてないと思うけれど、
もし誰かの心にも、あたたかく優しい気持ちが届いたなら、それだけでも嬉しくて。
noteにも詳しく綴っています。
1994〜1995年、川口市の新郷小で出会ったK.Tさんへ

それから…
実は私、目に少し持病があり、
将来、もしかしたら見え方が大きく変わってしまうかもしれません。
K.Tさんが、もしこの文章にたどり着いてくれたなら、
この想いをちゃんと“残しておきたい”と思ったんです。
「この景色や気持ちが、心の中に色あせずに残ってくれたら」
そんな願いも、この投稿には込められています。

K.Tさんが覚えてらっしゃるかは分かりませんが、
少しでも記憶に残っていましたら、あの頃の思い出を一緒に分かち合えると嬉しいです。
ご本人、または心当たりのある方がいらっしゃいましたら、
匿名でも構いませんのでDMをいただけると嬉しいです。
「もしかして…」と思い当たる方も、ご本人にそっとお伝えいただけると幸いです。
確認のため、当時の思い出や簡単な自己紹介などを添えていただけるとありがたいです。

ご連絡方法は、以下のいずれかからお選びいただけます:
・メール:(☆→@に変えてご連絡ください)
  softstars.m7a☆gmail.com
・X(旧Twitter):https://x.com/softstars_m7a

無理のない範囲で構いません。
ほんの少しでも何か伝えてもらえたら…とても嬉しいです。
この投稿が、どこかでK.Tさんや関係者の方の目に触れますように。
そして、あの頃のあたたかい思い出が、そっとつながりますように。