
3回生。
いよいよ上回生に。
上回生になったことによってチームの運営とか
裏方の仕事にも学年として関わるようになった。
もともとめちゃくちゃグループに分かれてた俺ら。
大きく分けるとスポーツ推薦の上手い組。
指定校や一般で入ってきた組。
どっちともつかずふらふらしてる俺ら。
特にどこにも属さずみんなと仲良い組。
こんな感じの1・2回生やった。
1・2回生まではそれでもそこまで大きい問題は無かった。
1回生の時は雑用に関しての意見と扱いと態度が違いすぎて
問題ばっかやったけど。
でも上回生になってチームのことするようなって学年としてのまとまりがないと
何をするにも時間かかるし、はっきりせーへんし。
まずお互いが普段連絡取らんし、特にしゃべらんから
お互い何考えてるかわからんかったし。
しかもミーティングしても沈黙ばっかで、
しゃべる奴はリーダー格的なやつだけで
議論の必要なミーティングもただの報告会みたいなってた。
1・2回生のときは、みんなそんな感じで、みんなあかんて分かっててんけど
恥ずかしいんか、何なんか、
変わらんかった。
けど3回なって少しずつ、このままじゃやばいってゆー危機感が漂い始めた。
ほんで、同じサッカー部としてサッカーを通じて通じる部分がやっと出始めて、
徐々に仲良くなり、ミーティングも良くなりはじめた。
でもほんまに最悪の始まりからの第一歩って感じやったから
まだまだいいミーティングしたとは言えてなかった。
それに変わって4回生はみんなめっちゃ仲良くて
もちろんみんながみんな仲良いわけじゃないけど、
学年としてまとまりのあるチームって言われてた。
キャプテンはアホやったけど笑
自分のことだけじゃなくてチームのことを考える人が
おれらより単純に多かった。
そして俺のサッカー人生にも一つの大きなターニングポイントが!!
この年に新たな取り組みとして
学生やけど社会人サッカーに参入する事に。
今まで「全員サッカー」をモットーにしてたから
そこを重視するために他の大学がしててもしなかった社会人。
社会人サッカーは大学サッカーとは全く別の組織のため
スケジュールや登録などが全くの別物に。
すると物理的にチームが少しなりとも分かれることに。
それを懸念してた監督やってんけど
人数が増えに増え、公式戦の機会を増やしてやりたいという思いと
今年の4回生なら任せられるという信頼感から
参入することに。
これをしたことによってみんなのなかで
チームが別れるという自体を防ぐために
全体ミーティングでしっかり説明し、
4回生を中心に2足のわらじを「全員」ではくことに。
そこにメンバーインした俺。
当然レベル的にはオレみたいに厳しい人たちが集まったチーム。
相手は社会人サッカー5部のおっちゃん達。
このチームに入ると学生のチームには入られへんから
事実上関大のトップチームの試合には一生出られへん。
でも監督はこのチーム間の入れ替えは随時すると言うてくれてる。
がんばれば可能性は多分にあると!!!
そしてそのチームの重みを示すためにこのチームには1回生はいない。
なぜなら入ってすぐの関大サッカーがどんなんかまだわかってない選手は
社会人サッカー「関大FC2008」通称FCには入れたくないないのである。
このチームの真の意図は、
公式戦の機会を増やす。
学生だけじゃなくて社会人と試合することによって得られる経験。
JFLへの参入。
そしてそれらを「全員サッカー」の元に。
って口で言うのは簡単やけど実際は大変やった。
当然160人全員の理解が得られたかどうかはあやしかったし
もともと監督が好きじゃなかった人は
否定的になってし。
でも決まった以上やるしかないし
FCの4回生を中心に必死に
何もかもが初体験の手探りの1年目を必死に乗り越えた。
結果、無敗・無失点で無事4部昇格へ。
これがすごいと監督はこの俺らのチームを誇ってくれた。
なぜならサッカーはスポーツやから何が起こるかわからん。
その中でしっかり無失点でリーグ戦を終える意味を
理解してくれてた。
当然、相手は週末にサッカーを楽しむバリバリ働く
働き盛りのおじさんたち。
体力的にも技術的にも圧倒的有利。
その中でイレギュラーをおこさいない集中力とチーム力。
を理解して称えてくれた。
とにかく無事1年目を最高の形で土台を作れた。
トップチームは、
ラストの全国優勝経験者の4回生を中心に
良いチームにしあがりつつも、結果がそこまでついてこない形に。
夏の全国大会も負けてしまい冬に賭ける事に。
しかしその冬を前に大事件が。
またもや授業での不祥事が発覚し、せっかく得た冬の全国へのキップが
学校からの辞退という形によって消える。
という危機に。
それだけは何に代えても避けたい関大サッカー部は反省の意味を込め
学内清掃、ボランティア、とりあえずられる事はなんでもやろ!!!
ってなった。
みんなのがんばりと、教授や職員の中にいたサッカー部ファンのお陰で
無事全国へ乗り込むことができた。
しかし、PK戦に破れ、それも実力といえばそこまでだが
またも、日本一には届かず。
とうとう俺たちが最高学年の4回生に。
さすがにまとまりの無いチームがどうなるか
上のまとまりの有るチームがどんな雰囲気やったかを目の当たりおれらは自然にまとまるように。
でも3回が終わって4回になる間に就活問題が差し掛かってくるのである。
日本人の大学生にとって人生の大きなポイントである。
もちろん個人の自由やから就活するやつは練習を抜ける。
しかし「全員サッカー」で、就活やから練習休むのは無しってなって
休むかわりにランニングメニューをするという体力的に日本一ハードな就活生に笑
そしてここから急激にチームというものを考える時間が増えた。
単純に、キャプテンを決める。から始まったミーティングの嵐!!!
しかもそのミーティングに遅刻した俺!!
めっちゃ遅刻癖のある俺。
本気で自分に失望した。
とにかく、俺らの嫌いで下手なミーティング。
でもなんでもそうやけど回数をかさねてったら上手くなってきた。
何がいいミーティングで何があかんミーティングか!!
特に何があかんミーティングかは全員身にしみてた笑
こんな感じで4回は、
自分の進路
チームのこと
後輩のこと
を考えながら自分のプレーも伸ばしていかなあかんかった。
そしてさらに追い討ちをかけるかのように(笑)
監督から新しい取り組みの提案が!!
チームの中で、チーム内リーグ戦をする。
「?????????」
簡単に言えば
チームをその時点でレベルが均等になるように6つに分けて
基本的に毎週水曜日にリーグ戦(名前はchallenge league )をし
そこでのプレーを見て、週末に控える
トップチーム、トップチーム以外が出る公式戦、関大FC
のメンバーを選出する。
という言うなればJリーグ・日本代表の関係のようなシステムに。
これによって、
準公式戦の激増による試合に対する意識の向上
1回生から4回生までの会話コミュニケーションの機会
チーム全体が一人ひとりの選手の特徴を把握する
普段試合に出れないやつの出場機会
質の低い選手は高い選手とじかに試合して体感
質の高い選手は低い選手とプレーしても質の高さを維持する難しさ
など利点は数え切れないぐらいいいシステム。
でも問題もたくさんあり、
試合を運営する審判、記録
授業との兼ね合い、
ハードすぎる日程による公式戦への影響
またしても1年目として手探りのなか
試行錯誤をくりかえすのであった。
予想もしてなかった問題なんかいくらでも起きて
波乱万丈の一年目。
監督が、
「こんな質の低いチャレンジリーグならせんほうがましや!!やめややめ!!!!!」
ってなった時ももあったけど
無事1年目を終えた。
俺らはひたすら頑張るしかなかった。
けど監督は提案して、俺らならできると信じてくれて
結果得るものはむちゃくちゃ大きいかったと思う。
そのまま結果につながれば言うことは無かったけど、
結局夏も冬も優勝することはできひんかった。
いろんな取り組み、練習を振り返ってみれば
どっかに監督を頼ってたやろーし、後輩たちにも助けられてたやろーと感じる。
やっぱり負けた理由の中のそーゆー自分らの甘さとか妥協ってゆー言葉を
無視することはできひんと思う。
結果も内容も両方大事!!!
俺個人としては、ほんまにいろんなもんに触れれて知れて実感できた一年やった。
・就職したくなかったけどしてみた就活
:FCとして大阪社会人トーナメント優勝
・無敗で無事3部昇格
・おかんが入院して親父の仕事の手伝い
・教育実習
・へんとう炎
・からの関大対関大FCに出れず
・ゼミの先生にお前は落第やー!!事件
・からのSP笑
・やけど蔭でこそこそ遊んだり
特におかんが体壊したのはマジで焦った。
家族の誰か入院したんは22歳にして初めてやったからけっこうびびったな。
ほんで社会人トーナメント。
レベル的には俺らのチームと互角か相手のほうがちょっと上かってゆー準決、決勝に
勝ちきって優勝できたのは俺のサッカー人生で初めての優勝やった
そこで勝ち取った、関大のトップチーム対関大FCの天皇杯大阪代表を賭けた準決勝は
ほんまにチームにとって勝ちある一戦やった
けどそこにベンチにすらはいられへんかった俺の甘さ、ぬるさ
は俺の現状を表すはっきりとした結果やった。
プレーヤー引退試合として迎えた社会人リーグ最終節
は雨。の中チームメイト、高校のチームメイト、友達が応援してくれてる中
ベンチスタート。
試合に出れるかもわからんかったけど
とりあえず出れて、DFやのに終了間際に決めれた
ボッテボテのへなちょこシュートのゴール。
ボールが後ろのネットまで届くか届かんかのへなちょこ。笑
でもそのゴールに涙までながしてくれた俺の友達仲間。
初めて俺のプレーで観客が沸いて喜んでくれた。
あんな感動があるならどんな事してでもプロなりたいとも
一瞬思わされる程の感動やった。
そんな感じで俺のサッカー人生はとりあえず一幕終えた。
ほんで、今どんなけサッカーが上手くなったか??
とりあえず、俺より上手い人は腐るほどおる。プロとか実際段階で言うたら俺の
3・4段階も上のレベル。
日本代表はその中でも一握り。
が戦ってレベルの差を感じる世界は
もー、「世界!!!」
としか言われへんレベル笑
でも目指せば追いつけるし
越そうと思えば越せる。
でも本気で思わな無理やし本気で努力せな無理。
本気って何かって、覚悟のことやと思う。
それを成す為に自分が必要と思ったことは妥協せず突き進む。
周りがどんなけ非難しようと、笑おうと。
ほんで、おれは、
技術は乏しいけど、考え持って、イメージしてサッカーできてる。って
俺がサッカー上手いと思う人に言われた時は純粋にうれしかった。
少しはおれもサッカーうまなったなーと
中学校から大学まで続けてよかったなーって!!
「全員サッカー」
・チームの中で個を生かす
・代表としての誇りと責任
・チームメイトを理解し助け合う
・勝利に向かってひたむきに
・コミュニケーション
・目標は日本一
ってゆーものを掲げてやってきた4年間。
最初はこんなん言うてるだけやんとか
いやだるいしもっと気楽にサッカーしよやーとか
思ってた。
けど年重ねるごとに、先輩後輩同いのチームメイトと過ごせば過ごすほど
少しずつ少しずつ見えるもの、わかること、感じれること、考えられることが
増えてきた。
今、言えるのは
「人生ってすばらしいし楽しい。もちろん苦しいこともあるけど」
それもこれも全て関大サッカー部で経験さしてもらった全てやと感謝してます。
もちろん家族、周りの人みんな、小中高、全てやけど
一番濃かった、一番多くを学べたのはここでした。
そして島岡監督。
ほんまやくざみたいな人で怖いしオーラあるし
むちゃくちゃして、言うてることとやってることちゃうやん!!!ってゆー時もあるけど
いつもアツくて、本気で関大サッカー部日本一にしよーって誰より考えてて
口下手で伝えるんも下手やけど本気で日々を生きてる数少ない本物の人間!!
ほんまにおめでとうございます。
選手もマネトレもスタッフもOBも学校関係者も
幸せな気持ちにしてくれてありがとうございます。
おめでとうございます。を戦った選手、支えたチームメイト、マネトレ、
監督スタッフ、応援してくれてるすべての人に言いたいです。
でもいつもそんな監督が言うてるけど、
なんでもその後が大事!!!
今年優勝できたら来年も優勝!!
夏も冬も、天皇杯も、ワールドカップも優勝!!!!
夢はでっかく、朗らかに。
(俺が今考えた笑)
BIG UP、関大サッカー部、島岡健太
ほんまに、おおきに、




