「巨人・大鵬・玉子焼き」は昔よく言われたことば。
私は正反対の「判官贔屓」だ。
サッカーで言えば、昔はベルディが嫌いで、ジュビロが好きだった。
巨人ではなく、阪神
トヨタではなく、日産
ドイツ車ではなく、フランス車
マイクロソフトではなく、マッキントッシュ
DocomoではなくAU(昔はセルラーと呼んでいた)
読売新聞ではなく産経新聞
電通ではなく博報堂
東大ではなく京大
JALではなくANA
自民党ではなく、民主党
きっと私という人間がものすごく、捻くれているのだろう。www
血液型が母譲りのB型というのも災いしているのだろう。
どうりで母には嫌味をよく言われた。
だから大企業があまり好きでない。大企業の企業論理はいつも首を傾げる。
トップになった瞬間に奢りを感じるようになってしまう。
勝てば官軍であり、ポリシーが感じられないのだ。勝つためには卑怯な手段も講じる。
何となく、卑しさを感じてしまうのだ。
2番手は常に差別化と直向さを感じるのだが。
昔から迷信の様に言われているのが、日本人が血液型がA型が多いため、目立つことを極端に避け、
流れや体制の中に紛れ込む、といわれているのを何度も耳にした。
それを揶揄し、赤信号、みんなで渡れば怖くないともよく言った。
要は、自分の意志無く、哲学も無く、存在意義が無いのに、
体制にまぎれることにより、虎の威を借る狐が嫌なだけなのだ。
しかし、何故だかトップのブランドや企業よりも2番手ブランドの方がポリシーや哲学を感じるのは何故なんだろうか。
また、哲学やポリシーを感じるものが何故かトップになれず、2番手となり、駆逐されてしまうのは何故なんだろうか。
それだけ、大衆とは結局、物を見極める力や情報リテラシーが無いのかもしれない。
流行に殺到するのも、ブログが炎上するのも、こんな理由かもしれない。