どうも、企業はマスを獲得し、成長を行い、大量に商品を製造することによるコストダウンを目指すようになってしまう。これは何故なんだろうか?
企業を取り巻くステイクホルダーに悪魔の囁きを受けるのか、取り巻きがそそのかすのか。
企業が永遠に成長し続けることはありえない幻想である。オーナーが自分の世代に成長し、次世代に譲って富と名声を得ることによって、高次元の欲求を満たすことができるだろうか?
米国のリーマン、GM、成長して成長して巨大になり、国際会計基準に沿ってグローバル企業になった果てが現状ではないのか?
上場により市場で成長資本を調達するといっても、国際会計基準に則った統制を内部に整備するコスト、IRなどにかかるコスト、上場や株式を売買するために必要なコストを払って苦労して、リーマンやGMだ。
企業の社会的存立意義という意味もあるかもしれないが、実際それを体感して幸せか?
限られた数十万人の顧客に価値を認められ、購入してもらい、そして孫子の代まで脈々と裏切ることなく、一定の付加価値をたたき出している企業、実は地味で一般消費者は忘れてしまうが、一部の顧客でも強烈なリレーションシップで存在意義を示している企業があるはずだ。
マスを狙って大きくなろうとする大企業だけでなく、一部の顧客が熱烈な思いで利益をもたらし続けてくれる小さな企業のこの二つが残る世の中ではないか?
どうも中途半端な似非IPO企業は息が続かないようだ。
私?当然、後者の方が性に合ってます。システムや機械的に生み出す以外に人間の頭と情緒でもたらす付加価値を重要視したいと思っているからです。できれば両立することがエクセレントですね。