5月10日に行った堺ウォーキングの続きです。
(たった1日のウォーキング、どんだけ書くねん?!!)
楽しいとコメントいただいて、こぴっと(^^;調子にのってます(^^;
妙國寺で、たくさぁ~ん歴史のお勉強して、
ふだん使わないところを使ったので、少々お疲れ(^^;
再びチンチン電車に乗って、次の目的地に向かいます。
(あれ?ウォーキングじゃなかったっけ?)
チンチン電車の中で、再び、カオナシくんをさがすも…見つからず(^^;
次にやってきたのは

「千利休屋敷跡」
奥に見えるのは、
利休ゆかりと伝えられる椿の井戸。
利休さんについては、ただいま、
「利休にたずねよ」を読みながら
お勉強中です(^^;
…というか、この時点で、気分は、
歴史より食い気(^^;状態で
頭の中は、
堺名物「かん袋」のくるみ餅(^^;
その日の分が無くなるとお店を閉められてしまうので
焦る(^^;焦る(^^;

えへっ(^^;なんとか間に合いました。
この氷の下にみどりいろのあんでくるまれたお餅が、入っています。
このお店の「かん袋」という屋号は
あの豊臣秀吉からいただいたそうで…
大阪城築上のおり
暑い日盛りのもとで、瓦を一枚一枚運んでいる様子を見た、店主?が
餅作りで鍛えた腕で、瓦をとっては、次から次へと放りなげて、毎日、奉仕にでかけたそうな。
瓦が、まるで、紙袋(かん袋)がひらひら舞いちるように上がっていく様子をみた、秀吉が、「かん袋」という屋号を与えたんだとか。
余談ですが、
あの♪山寺のおしょさんが~♪にでてくるかん袋って、
かみ袋だったんかい?
と、今ごろ気づいたakiでした(^^
甘いものを食べて
すっかり幸せ気分になって
次は、
千利休ゆかりの南宗寺に
向かいます。
…が、到着した時刻は…
拝観時間の4時を過ぎており…
無念(ノ_・。)
またの機会とあいなりました。






昨日、ロッピーで
ファンミのチケット、発券しました。
もう、何度も利用してるのに
なかなか、発券できず
ピッピッ、ピッピッと、はずかしかったわん(^^;
座席は、列的には、真ん中らへんかな?
(たった1日のウォーキング、どんだけ書くねん?!!)
楽しいとコメントいただいて、こぴっと(^^;調子にのってます(^^;
妙國寺で、たくさぁ~ん歴史のお勉強して、
ふだん使わないところを使ったので、少々お疲れ(^^;
再びチンチン電車に乗って、次の目的地に向かいます。
(あれ?ウォーキングじゃなかったっけ?)
チンチン電車の中で、再び、カオナシくんをさがすも…見つからず(^^;
次にやってきたのは

「千利休屋敷跡」
奥に見えるのは、
利休ゆかりと伝えられる椿の井戸。
利休さんについては、ただいま、
「利休にたずねよ」を読みながら
お勉強中です(^^;
…というか、この時点で、気分は、
歴史より食い気(^^;状態で
頭の中は、
堺名物「かん袋」のくるみ餅(^^;
その日の分が無くなるとお店を閉められてしまうので
焦る(^^;焦る(^^;

えへっ(^^;なんとか間に合いました。
この氷の下にみどりいろのあんでくるまれたお餅が、入っています。
このお店の「かん袋」という屋号は
あの豊臣秀吉からいただいたそうで…
大阪城築上のおり
暑い日盛りのもとで、瓦を一枚一枚運んでいる様子を見た、店主?が
餅作りで鍛えた腕で、瓦をとっては、次から次へと放りなげて、毎日、奉仕にでかけたそうな。
瓦が、まるで、紙袋(かん袋)がひらひら舞いちるように上がっていく様子をみた、秀吉が、「かん袋」という屋号を与えたんだとか。
余談ですが、
あの♪山寺のおしょさんが~♪にでてくるかん袋って、
かみ袋だったんかい?
と、今ごろ気づいたakiでした(^^
甘いものを食べて
すっかり幸せ気分になって
次は、
千利休ゆかりの南宗寺に
向かいます。
…が、到着した時刻は…
拝観時間の4時を過ぎており…
無念(ノ_・。)
またの機会とあいなりました。






昨日、ロッピーで
ファンミのチケット、発券しました。
もう、何度も利用してるのに
なかなか、発券できず
ピッピッ、ピッピッと、はずかしかったわん(^^;
座席は、列的には、真ん中らへんかな?
堺ぶらりウォーキングの続きです。
前回、お伝えした妙國寺の蘇鉄は、
安土から堺に戻されたあと
大阪夏の陣、堺大空襲などで焼かれるも
見事に再生して、現在に至っていることも
すごいことですよね。
さて、妙國寺には、堺ではこぴっと(^^;有名な「堺事件」にまつわるお寺のでもあります。

あはっ(^^;こちらはミニーちゃん(^^;
堺事件とは、
幕末、江戸城無血開城のあと
日本が、無政府状態だったとき
堺の港にやってきたフランス水兵と当時堺を警護していた土佐藩士と衝突。
言葉が通じないこともあり、フランス水兵が、11人殺傷されたため、フランス側は、賠償金と加担した者の処罰を要求。
その加担したものの切腹が、この妙國寺の境内で行われたのです。
その光景が、あまりにも凄惨だったため、加担者20名のうち、11名の切腹を終えたところで
立ち会っていたフランス側から、中止の申し入れが、あり、
残り9人は、流刑、明治天皇の即位に伴い、恩赦、無罪放免となったそうです。
妙國寺には、
本能寺の変の時、徳川家康が、妙國寺にいたり、
正岡子規と夏目漱石が、訪れて、句を詠んでいたりと
歴史にまつわる話が、たくさんあり、
ものすごぉ~く、お勉強になりました。
続きは、また(^o^)
さぁ~今日は、
ローソンへ行って、
ファンミのチケットを
取ってこなければ(^^)v
前回、お伝えした妙國寺の蘇鉄は、
安土から堺に戻されたあと
大阪夏の陣、堺大空襲などで焼かれるも
見事に再生して、現在に至っていることも
すごいことですよね。
さて、妙國寺には、堺ではこぴっと(^^;有名な「堺事件」にまつわるお寺のでもあります。

あはっ(^^;こちらはミニーちゃん(^^;
堺事件とは、
幕末、江戸城無血開城のあと
日本が、無政府状態だったとき
堺の港にやってきたフランス水兵と当時堺を警護していた土佐藩士と衝突。
言葉が通じないこともあり、フランス水兵が、11人殺傷されたため、フランス側は、賠償金と加担した者の処罰を要求。
その加担したものの切腹が、この妙國寺の境内で行われたのです。
その光景が、あまりにも凄惨だったため、加担者20名のうち、11名の切腹を終えたところで
立ち会っていたフランス側から、中止の申し入れが、あり、
残り9人は、流刑、明治天皇の即位に伴い、恩赦、無罪放免となったそうです。
妙國寺には、
本能寺の変の時、徳川家康が、妙國寺にいたり、
正岡子規と夏目漱石が、訪れて、句を詠んでいたりと
歴史にまつわる話が、たくさんあり、
ものすごぉ~く、お勉強になりました。
続きは、また(^o^)
さぁ~今日は、
ローソンへ行って、
ファンミのチケットを
取ってこなければ(^^)v

