いやぁ~ワールドカップ惜しかったですね。

ヤフー速報で本田がゴールを決めた記事をみた時点で

勝ったと思ったんですがね。

まだまだチャンスは、あるはず

がんばれ日本!

では、週末気まま旅~つづきです。




慈尊院の裏手の土塀です。

なんだか歴史を感じますね(^^)

慈尊院から少し歩いて

道の駅くどやまで

お買い物&休憩~♪

ここで買ったトマト、スナップえんどう、しめじ、しいたけ、どれもとてもおいしくて

しかも購入後、一週間たった今でも

おいしくて、また、行きたぁ~い~♪




↑パーシモンミックスジュース

パーシモンとは、柿のことで

柿のミックスジュース、これまた、めっちゃ

おいしかったですぅ~(^^)v


写真をとるのを忘れていましたが~

再来年の大河ドラマ「真田丸」に決定!

のポスターもこの道の駅に貼られていました。


なぜかというと




真田庵

関ヶ原の合戦後、高野山に蟄居(ちっきょ)を命じられた

真田幸村父子が、高野山があまりにも寒くて、

ここ九度山で過ごしたのだとか。


ここから少し歩いて

やっとゴールの九度山駅に




たどり着きました。

万歩計によると

この日の歩数は

15639歩、9.56キロ

もうちょっと歩いてると思ったんだけどなぁ~((^^;


おしまい
週末気まま旅~6月7日の分が、書き終わらないまま、次の週末が、来てしまったよん。

この週末は、どこへも行かないので

まっ、いっか!

…ってことで

続き~いきまぁ~す!(^^)v

慈尊院の裏手の階段を登ると…




途中、紫陽花が、咲いていました。




180町石↑↑↑

このような町石(ちょういし)が、高野山上までの道しるべとして1町(約109メートル)ごとに置かれています。

これは、山上から数えて180番目の町石となります。

さて、紫陽花の階段を登ると




丹生官省符(にうかんしょうぶ)神社

こちらも空海の創建らしい?

空海の時代は、まだ、仏教が、伝来してきたばかりなので、こうして、神社とお寺が、一緒にあるのは、ごく、普通のことだったようですね。たぶん……(^^;歴女ではないので、自信ないです。




とりあえず、一町だけ歩いて




179町石

いつか、この町石道を高野山上まで

歩いてみたいなぁ~


つづく

(えっ?まだ、つづくんかい?って?)

つづきますよん(^^;
6月7日に

上昇開運をもとめて出かけた旅の記録の続きだよ~ん。

今週は、まだご利益がないようで(^^;

♪たまに行き止まりにはまったり

壁にあたったりする

この人生が好き

なんか生きてるって気がするんだ♪

ウカスカジー「mi-chi」より

そうだ!そうだ!

元気出して、行こう!お~(^^)v

ガチャピンリラックマガチャピンリラックマガチャピンリラックマ

さてさて

無事、紀ノ川を越えて

たどり着いた慈尊院




空海(弘法大師)が、高野山への表玄関として

創建したお寺です。

当時、高野山は、女人禁制だったため、

空海は、月に九度(たびたびという意味)、この寺に
降りてきて、

お母さんにあったのだとか…

このあたりが、九度山といわれるゆえんですね。

空海のお母さんが、ここのご本尊である弥勒菩薩を熱心に信仰していたため、

亡くなったあと、この弥勒菩薩に化身したという信仰が盛んになり、

女人結縁の寺として有名になったそうで…





このような絵馬がたくさん捧げられていて…

安産、授乳、育児に

ご利益があるそうです。




こちらのゴンくん

空海を高野山に導いたわんちゃんにしては

近代的なお名前だなぁ~と

思って、調べてみたら

1989年ごろから慈尊院をねぐらとして、
毎日、ここから高野山上の大門までの20キロの道のりを道案内をしたわんちゃんなんだそうです。

ちなみにこのゴンくんと共に暮らしたカイくんは、道案内をしないんだそうです(^^;


自分へのお土産はこれ(^^)v



では、つづきはまた(^^)v