「こんな遺言書 無効だ!」 第1章

 

この日は、亡き父親、竹内太郎(75歳)の四十九日。

 

仏壇には真新しい父の位牌。その前で二人の言い争う声が聞こえます。

 

「冗談じゃない。こんな遺言書、無効だ! この家は親父と俺の母親が苦労して建てたんだ。なんでお前らの物になるんだ!」

 

「勝手なこと言わないでよ。物忘れのひどくなったお父さんの介護。どれほど大変だったか分かってる?」

 

遺言書を見つめる啓太に和子が言い返します。

 

ボールペンで書かれた右肩上がりの筆跡。啓太には見覚えがあります。父親が書いたに違いありません。

 

「認知症と分かっていて、こんな風に書けと諭したんだろ!俺は息子だぞ。なんで俺への相続分が書いてなんだ!」

 

「親の介護を押し付けといて、よく言えるわね!。家庭裁判所の検認証明書もあるでしょ!しっかり見てよ。この遺言書はお父さんの気持ちそのものだわ。」

 

自筆で書かれた遺言書。傍らに添えられた検認証明書。じっと見つめながら、啓太は握りしめた手を震わせたのです。

 

 

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遺 言 書

 

遺言者 竹内太郎(昭和23年5月15日生)は下記の通り遺言する。

 

1 下記の不動産を妻、竹内京子(昭和30年3月15日生)に相続させる。

2 下記の兵庫銀行〇〇支店 竹内太郎名義の定期預金及び普通預金の預金を

  養女竹内和子(昭和60年11月3日生)に相続させる。

                 1 不 動 産

          (土地の表示)不動産番号 1401000125121

   所在 兵庫県〇〇市〇〇町〇〇号

   地番 887番

   地目 宅地

   地積 71.88平方メートル

   

     (建物の表示)不動産番号 1401000133124

     所在 兵庫県〇〇市〇〇町〇〇号

   家屋番号 887番

     種類 木造瓦葺2階建

     床面積  1階 43.84平方メートル

          2階 41.36平方メートル

 

2 預 金

   兵庫銀行〇〇支店 竹内太郎名義の定期預金及び普通預金

 

令和2年10月25日

竹内太郎 印

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父親の竹内太郎さんは、2年前に脳卒中で倒れました。

 

命は取り留めたものの、後遺症で下半身が麻痺。車椅子生活を余儀なくされたのです。以後、妻の京子(68歳)と娘の和子は太郎さんの介護に追われる毎日でした。

 

父親、竹内太郎は啓太が中学生2年生の時、再婚しました。先妻をがんで亡くした2年後です。和子は杏子の連れ子でした。

 

多感な時期に父親の再婚。啓太は亡き母親の姿を忘れる日がありません。父親の気持ちを考え、やるせない気持ちを胸の底に押し込む毎日でした。

 

共に暮らしならがも、杏子や和子に心を開くことはない啓太でした。

悶々とした日々。専門学校への進学と同時に実家を離れた啓太。

 

それ以後、実家に帰ることはなく、疎遠となっていたのです。

 

その後、啓太は某食品スーパーへ就職、そして社内で知り合った女性と結婚。勤務地の名古屋に家庭を持ち妻と子の3人で暮らしています。

 

そんなある日、疎遠な実家の和子から、父親の訃報連絡を受けたのです。