12年…
12×365=4380日
12年という時間が長いか短いかは人によるかと思います。
当時18だった青臭い理想を持っていたガキも気づけば30に
私にとっては先輩であり、師であり、そして姉のような存在だった方との死別からそんな時間が経っていた。
仲間を守り、その犠牲になった
無関係のひとからすれば美談なのでしょうが、残された者としてはどうしようもない、やりきれない思いだけが残った
この方を犠牲にして生き延びるくらいであれば死を選びたかった
無論そんな選択すら私はさせてもらえなかった
どうであれ少なくとも自分の感情は自分でどうにかしなければならないその点に関してはよくもわるくも問題にはならなかった
遺族の悲しみを思えば、それは無いに等しいものである。
特にひどく悲しんだ母親の様子は今も記憶にある。
先日13回忌ということもあり、ご自宅に焼香しに伺った。
まだそこはかとなく悲しみを残しているものの、ただ悲しんでいただけの母親の姿はなかった。娘との思い出を話しながら笑っていた。なにかが赦されたわけでもないが、ほんのわずかばかりか心が楽になった。
12年前の事故から誕生日を迎えるのがたまらなく嫌だった。生きている自分はその日を迎えれば1つ年があがる。だんだんと年が近づき同い年に、そしていつしか私の方が年上になってしまった。
「now here」、 「no where」
私は今ここにいるけれど、貴女はもうどこにもいない
そう思っていたけど、どうやら思い違いらしい
貴女に出会えたからこそ本当に強くなりたいと思うようになれた。そして、貴女を失ってしまったからこそ自分の大切な人たちを守りたいと真剣に思うようになれた。
いまだに失敗を続けてはいますが、原点だけは違えないように
「ありがとう」と「がんばろう」が口癖だった貴女にどれだけ近づけたかはわかりませんが、私は死なない限り自分の道を歩いていきます。
不出来な義弟から大好きな義姉へ