いつからだろうか仲間といても孤独を感じるようになった。

そして、悩みに悩んだ末その組織から脱退しようと思い、退会の旨を会長に伝えるも却下された。


そこでの私の役割は後輩指導がメインで現場での実地トレーニングのようなものをしていた。

私自身も後輩の指導のためにこの組織に所属することを選びなんの疑問も持たなかった。


所属してから早5年経過するが、この5年間で得たものが何一つ無いことに気づき、軽い絶望を

覚えた。確かに後輩たちは色々な技術を身につけ、経験も積んできた。だけど、自分からチャレンジ

することができない輩の集まりになってしまった。上の先輩たちは今どきの子だからしょうがないなんて

笑っていたけど私からしたらそれが不満だった。


そして、後輩たちに振り回されたあげく私は病気を患わってしまい、日常生活を送るのにも多少

難をきたしてしまっている。

病気で困っているときも誰も助けてはくれず、だが、彼らが困れば頼られた。(都合のいいように利用された?)そうこうしているうちに自分の体の限界を超えてしまった。


自分のやりたいことを我慢して後輩たちの指導をした結果自分は自分のやりたいことをするための

体を失ってしまった。自分が自分でしたかったことを全力を、死力を尽くしてこうなってしまったのであればまだ我慢できた。


確かに後輩の指導は自ら選択したこととは言え、私の本当にやりたいことではなかった。


せめて自分の限界にチャレンジしたかった…成功しても失敗しても構わないから


だから辞めようと思った。でも、辞めさせてもらえなかった。

真綿で首を締められるように殺されるというのはこんな感じなのだろう。


私は私のことよりも、後輩のことを優先しろと暗に言われた気がした。

こんなとこに居たくないって初めて明確な感情が湧き上がった。


正攻法で辞めれない以上信条に反するが徐々にフェードアウトすることを選択した。


これからは病気持ちで単独での山行を死ぬまで続けるが、どうしてだろう

誰かと一緒に組んで登っていたときよりも精神的に楽になった。

自分がかつて所属していたとある山岳会(山には登っていない)とは永遠に関わることも

ないだろうし、関わりたくもない


他人はどうすることもできないけど自分は自分でコントロールできるからだろう。

「孤高の人」、山野井さんみたいな極限のことはできなくても、今の体でできる限界に

これからは一人の力で挑戦していきたい。