明日は留学生別科の修了式だよ~~^0^


僕も参加します★


だって、お昼はバイキングパーティだから


だって、留学生のお友達が多いからねぇ(‐^▽^‐)


去年の夏の修了式にも参加したから、もうあれから半年経ったというわけですな~


本当に時間はあっという間!!


仲良くなっても、みんなすぐに母国に帰っちゃいます>。<


でもでも、


みんなとは既にホットメールも交換してあるから、


いつかまた会えるよね★


ベトナムの人達や、中国の人達はきっとまた会えるはず!!


もちろん、他の国の人達もね!


なんか僕自身の修了式みたいな感じがして、ちょっとしんみりしてます^-^


さぁ、明日はいっぱい食べるぞ!!・・じゃなくて、いっぱい写真撮るぞ!!!

昨日HANHがアバターの映画チケットを予約してくれました★


彼女が言うには、


「まだベトナムで一緒に映画を観てないから、一緒に行かないといけない!!!」とのこと^0^;


わざわざVIP席を取ってくれました★


で、吹き替えか字幕かを聞くと、映画は吹き替えだそうです。


僕はこれを聞いて、「え^-^;」ってなりました。


というのも、


ベトナムでの映画やドラマの吹き替えと言うと、


大抵が一人の女性が行っているものなのです。


日本では、大抵がキャストに沿って吹き替えの配役も決めますが、


ベトナムではこれを一人でやっているもんで、


最初から最後までず~~っと同じ人の声がしてます^-^;


これをHANHに聞いたところ、


「吹き替えの声の彼女は人気があるからね^-^」とのことでした★


まぁこれはこれでいいんですが、


ベトナム語の分からない僕にとっては、


ず~っと同一人物が話している様にしか聞こえないわけで、


だから、僕は今回「え^-^;」ってなったんですよ( ´艸`)


「でもこれじゃあ誰が話してるかわからなくなるよね??」僕がHANHに聞きました。


そしてHANHはこう言いました。


「まぁ、そこは文脈判断だね★」


(じゃあ尚更僕にはわからないな^-^;映像だけでも楽しもうかw)




さて、ベトナムの映画館がどれ程のものなんかを見てやろうじゃないか★

 サービス精神と同様に、最近耳にするようになったホスピタリティ精神という言葉。この“ホスピタリティ”という言葉は一見サービスと似ているが、実は全く違う性質を持ったものである。

 では“ホスピタリティ”というのは一体どういうものなのであろうか。それを私の経験を交えて書いていきたい。


 “お互いのためにお互いが思いやること”私はこれがホスピタリティの基盤になっていると考えている。例えば商売に於いて、売り手は利益を上げるために良い商品を売ろうと努力し、買い手はその商品に見合った代金を支払う。これはごく普通のことだが、もし売り手と買い手のどちらか一方でも相手を思いやる気持ちが無ければどうであろうか。

 売り手に相手を思いやる気持ちが無ければ、例え粗悪な商品があろうとも、値段が法外な金額であろうとも改善しないかもしれない。

 逆に、買い手に思いやる気持ちが無ければ、代金なんて支払わずにそのまま商品を持ち去ってしまうかもしれない。この様に、きちんと商売が成立するためにはお互いの思いやりが必要不可欠なのである。

 これは何も商売だけの話ではない。政治にも学校の授業にでさえも言えることである。要するに、現代社会がきちんと成立するためにはこのホスピタリティ精神が必要不可欠なのである。


 では、似た言葉として挙げられる“サービス”というのはどうであろうか。サービスというのは、相手に対して尽くせる限り尽くすという意味である。

 例えば、スーパーマーケット等でよく目にする「10点以上お買い求めのお客様にはもう1点をサービス!!」というような言葉。さて、この文字通りのサービスで、得をするのは店側か客側のどちらであろうか。

 答えは火を見るより明らかで、もちろん客側である。長期的な目で見れば店側にも利益があると言えなくも無いが、一時的な目で見た場合、客は無料で1点の商品を貰えるということから、店側は客側に一方的にサービスを与えていると言える。

 ホスピタリティとサービスとの違いを端的に言えば、ホスピタリティはお互いを思いやる気持ち、サービスは相手に対し最善を尽くすということだと言える。

 この様に、サービスとホスピタリティは似て非なるものなのである。しかしどちらが欠けていてもいけない。しかし、現代の日本に於いて、サービス精神は溢れているが、ホスピタリティ精神について言えば、極めて少ないのが現状であると言えよう。

 

 次に、私が中国で経験した、日本と中国に於けるホスピタリティ精神の決定的な違いについて書きたいと思う。この経験は私の考えを180度変えさせたと言っても過言ではない。


 私が中国で生活していたある日、一人でファーストフード店に入った。その頃の私はまだ中国語に自信があったわけではないので、カウンターに行き、指を指しながら中国語で「これとこれとこれが欲しいです。」と言った。

 しかし店員は一向に注文を通そうとせずに、ずっとこちらをうかがっている。十中八九私の中国語が足りなかったのだが、いずれにせよこれでは何も買えないので、途方に暮れていたところ、隣の列に並んでいた客が注文していたので、ちらっと横目で見たところ、客の方が「飲み物はこれで、このサイズで・・・。」という様に、あれこれ詳しく話して注文していたのである。

 私はすぐさまこの要領で一品ずつメニュー表を見ながら注文したところ、見事に注文が通ったのである。


 台湾でタピオカミルクティーを購入する際もそうであった。我々の感覚では、店でジュースを買う際、味とS/M/Lのどのサイズを選ぶかだけで購入できると思いがちである。しかし、台湾では違った。

 当時の私はこれもまた日本の感覚で、味とサイズを伝えただけで、私は黙っていた。しかし、店員は私に「それで?」と言い放ったのである。ある程度中国語に自信がついたその時でさえも、聞きなれない言葉と、「それで?」という対応にびっくりしたのもよく覚えている。

 実は、味、サイズはもちろん、氷はどれくらいの量かとか、甘さはどれくらいかとか、詳しく作り方をこちらで提示しなければなかなか取り掛かってもらえないのであった。(その時は台湾のお友達に助けて貰えましたが。)なるほど、こういう風習もあるのかと身を以って知った。


 日本の店では特に何かを喋らなくとも、必要最低限のことだけを店員に告げれば物が手に入る。極端に言えば「はい。いいえ、これ」の三つで事が足りるくらいである。

 それに、必要な事項は店員が逐一こちらに確認しながら注文をとってくれるので、店員と会話すということを特に必要としない。日本文化特有の無口の名残と、「お客様は神様」という店側の方針があってこのようになったのであろう。

 だがそれはやはり日本特有の文化であって、その感覚を持ったまま外国で買い物をすると、今回の私の様なことになりかねない。特に私達日本人は、日頃から日本で質の高いサービスを受けてきているせいで、ホスピタリティとサービスを混同しがちである。日本のサービスに舌が肥えてしまったと言い換えてもよい。

 この中国での貴重な体験のおかげで、私は外国には外国のやり方があり、またホスピタリティとサービスは全く違うものなのであるということを学んだ。郷に入れば郷に従えと言うように、私達は外国に言った際に、「ここは日本ではないのだ」ということを決して忘れてはいけないのである。それが現地の人達とうまく付き合う最良の方法であろう。



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