この話を読んでどう思う?健太。
6歳の息子には、当然難しい話だとわかっている。
死はどうだ。死は素晴らしいか?
死人にゃ口無しとよく言ったものだ。皮肉ったニュアンスで使われることが多い言葉だと思うが、それは紛れもない事実でもある。
この男は、どこまで愚かなのだろうか。
銀行強盗に襲われ、最愛の息子を殺したあの日から、早5年。少なくとも、私の目が映す世界の彩度は、限りなく低くなった。モノクロだ。
遺影を見過ぎたのかな...
クスッと笑った。バカらしい。お前は大して不幸じゃないだろう。
この世界には、運命の差がある。幸せになれない良い奴と幸せになれる悪い奴。私はきっと後者なんだ。
息子を失ってから、私の運命は動き始めた。それまでは普通の人生だった。普通に生きて普通の幸せを追い求めた。愛したい人もできた。愛すべき家族も増えた。しかし、本当に私が愛していたのは自分自身だった。
あの日、強盗は私と息子を含む60の命を人質にした。強盗は銀行のセキュリティをハックし、誰も干渉できないように、銀行内のライフラインを遮断した。そして、強盗は金を盗むとともに口封じのためとは名ばかりの虐殺を始めた。
私は恐ろしいほど冷静だった。
ここで私が死んだら息子が悲しむ。この子が悲しみを背負って生きていかなければならないなら、この子をここで殺してでも私は生きようと。背負うのは私だけで良いと。私は特攻した。最愛の、1歳の息子を盾にして。息子の体には、何発もの銃弾が突き刺さった。私は、最終的に強盗に息子を投げつけて強盗を倒した。そして、押さえつけた。周囲は唖然としていた。私に対して、みな畏怖や軽蔑の目を向けていた。サイコパス親父。情け無いの男。そんな見出しの打たれた記事を私は何回見ただろう。妻は、黙って私の元から離れていった。彼女も愚かだった。私の元にいれば、よかったものを...。
私は三度冷静だった。私が何かしらの刑に該当すると踏み、私を侮辱した記者たちを一斉に訴訟し、金を片っぱしから巻き上げた。58名の命を救った英雄を、侮辱するなどどうかしている。私は富豪になった。巨額の富は、私腹を肥やすには十分だった。