「しかし、天王に実際に血を流させるわけにもいかないでしょう」
「ですから、『これは天王の血である』と称して血液と同様の性質を持つ紅い液体を以て
治癒の奇跡を起こせば、民はみな信じるでしょう」
「そんな液体がこの世の中にあればの話ですが、ね」
そう言って使節は去った。
***
「東王閣下」
明くる日、傅善祥は楊秀清を呼ぶと次のように指示した。
「以前、貴方が天王を打擲させたとお聞きしましたが」
「ありゃ天父の指示だ。俺の意志じゃねぇ」
「貴方の意志ではなかったとしてもです。今後、天王に血を流させるような事態はなるべくお避け下さい」
「俺だって驚いたよ。気づいたら目の前で天王が流血していたんだから」
「今後、天王の血には付加価値をつけないといけませんから」
「付加価値って?血を市場で売ったらめっちゃ高値で売れる様な?」
「件の使節から、お聞きいたしました。天兄の血を目に浴びた盲目の兵士が、目が見えるようになったのだと」
「そりゃ大方天兄の弟子による与太話だろ?例えば天王が血を流したら、其処に米でも湧くのか?」
「そうではございません。天王がまことに天父の子と認められるためには、
天兄に匹敵する奇跡を起こさなくてはなりません。
『天王の血』と称する紅い液体で、盲目の民を癒すことが出来たら、可能でしょう」
「それなら出来るかもな。紅い目薬とか使えば。―――なあ、それさぁ、『俺の血』って事にはできないかな?」
「できないでしょうね。貴方はあくまで天父の依り代なのですから、天王の聖性を侵す事までは出来ないでしょう」
「だろうな」
***
『研究費』と称して楊秀清から大金を受け取った傅善祥―――張嫣はその金で、
自らの天地会のメンバーを天京に呼び寄せ、研究を再開した。
既に彼女以外の構成員は入れ替わってしまっていたが、
自らの呪われた血が、清国打倒の一打になるのなら、それでも構わなかった。
《続く》