NIKEのジャージ 4万円

37年も前の話。

母ちゃん小6。

親が私に一番お金をかけたこと

 うちは、ド貧乏でお金がなかった〜ゲロー


ランドセルも親戚のお古。

(小2の時、ぶっ壊れて新品買い直した。)


学習机も、もちろんお古。

(珍しい黄色い机だった。集中させる気0ニヤニヤ)


着ているものも全部お古。

(いつも短パン。マイクロミニ?もしかしておしゃれなのか?)


上履きだって、兄のお古。

(その頃は女子は赤って決まってたけど青の上履き。

ジェンダーレス!!)

 

家もオンボロで、

毎朝、化粧台の上の

節穴から朝日が差し込むんだ〜☀️



夜は、屋根裏からカタカタ音がする

ネズミ?!or ネコ?!グラサン

(幽霊だったら…叫び)


トイレはぼっとんトイレ だし


お風呂は父ちゃんの手作りの

木で出来た風呂だった〜

(檜ではない)


コレっ、まんが昔話?!

ねえ

戦後まもなくなの?!

みたいだけど


世間は

高度経済成長期からの〜

バブルに入ろうとしている

華やかな時代よ〜ちゅースター


 

 ずっと失業中だった父が

母方の祖父が杜氏をしている酒蔵で

半年だけ、働いた事があった。


父から送られてきたお金を

母は握りしめ

私に言った

「ジャージ買いに行こう」



その頃

うちの学校では強化練習と呼んでいた

季節ごとの部活があり、

サッカーのキーパーをしていた私は

ジャージが欲しかった。


そのことを母は知ってたんだな〜


アーケード商店街のスポーツ用品店

イワサキスポーツで

(有名なムラサキスポーツではない)


母は「どれでも好きなの選びさいや〜」

と言い


私は、安いプーマのジャージを

手に取って

「コレぐらいなら大丈夫かなー」と

考えたけど


最新のNIKEのジャージ

黒にミントグリーンか水色の柄の

ジャージを選んだ。


上下で4万円。


めっちゃ高いのは分かってたし

買ってもらえるわけないと思っていた。


母は 一瞬 躊躇したが

「よし、分かった」


イワサキスポーツの

バーコード頭のおっちゃんに、

ジャージとお金を渡した。


左側の耳の上から脳天を通って

右側の耳の上まで

髪をもってきてる

海原はるか師匠みたいな髪型の

おっちゃん。


いつもは、

無愛想でキライだったけど

その日はなんだか

味があるいい人に見えた。


本当にうれしかったな〜。

うれしすぎて

かえって

顔に出すことが出来ずに

無愛想に

小さい蚊の鳴くような声で


「ありがとう」


とだけ、母に言った。


この前、ある講座を受けた時に

思い出したんだー。


お金を使う事で

子どもが

親からの愛情を

感じることも

ある


本当にホントに、

子どもが望んだタイミングで!


本当にホントに、

子どもが望んだものを

与える事が出来たらね〜


金額の問題じゃない




後日談


その頃、縫製工場で働いていた母は

最新のNIKEのジャージの右腕に

ローマ字で

しかも筆記体で

しかも銀色の糸で

名字を刺繍した。


私の旧姓は

Nで始まり3文字目がK

N○K○○


なので、

まるでNIKEのバッタもん

や ないか〜〜い笑い泣き


めでたし、めでたし?








 

 

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