(は)の父さんからの閑話365日

3月11日(木)怠け癖

去年の今ごろは軽い脳梗塞での病院生活を送っていたのである。何時まで病院に居たのか忘れてしまったので去年の日誌を見たら退院したのは3月27日だった。

血栓で麻痺したのは右手親指と人差し指だけであったが、箸が持てず不自由な思いをした。小さな木の棒を摘んで穴に挿すことや、お手本の字をなぞるなど運動機能回復のリハビリをして、退院するころまでには箸を持てるまでに回復した。

あれからほぼ1年。今では何事もなかったように普通の生活を送っている。病気になって初めて健康であることの幸せを知ることができた。その幸せに感謝しつつ、昨日は久しぶりに雪かきをした。それで驚いたのだが、去年の病気いらい無意識のうちにからだをかばっていたのだろう。筋力の衰えを痛感させられた。

発病前までは家の前の道路はもちろんカーポートの雪まできれいに片付けていたのに、昨日は道路の雪をわが家に面した片側を除雪しただけで腰が痛くなり息が上がってしまい、カーポートの除雪は断念した。
病気でない限り筋力は鍛えれば強くなる。人間は必要がないと思えば楽な道を選ぼうとするから筋肉も怠け者になる。その怠け癖を矯正するために、昨日からストレッチと軽い柔軟体操を再開した。驚くほどからだが硬くなっていた。三日坊主にならないように運動を継続しようをと覚悟を新たにしている。


3月8日(月)クロマグロ

大西洋産のクロマグロの國際取引ができなくなる可能性がある。13日から始まるワシントン条約締約国会議で国際取引禁止が決議されれば、日本に入ってくるクロマグロの約半分が来なくなる。背景には地中海を含む大西洋地域のクロマグロ資源減少があり、資源保護の観点から起きた問題なので、マグロ好きの日本人も反対を唱えるだけでは国際社会の理解は得られない。

日本はクロマグロの約8割を消化しているのだそうだ。クロマグロは確かに旨いけれど、日本が漁獲量の大半を消費するのは異常だ。脂が乗ったトロといわれる部分は寿司だねの高級品で、今でもめったに食べられないが、大西洋産が入ってこなくなったら価格が高騰するのではないかと心配する向きもある。

このことはマグロ好きの日本人にとっては由々しき問題であるが、ものは考えようである。クロマグロを食べないからと言って死ぬわけではない。これまでお世話になった恩返しと思って、日本が資源保護の先頭に立つぐらいの心意気を示してもらいたい。各国と協力して保護に努め、マグロ資源が回復すれば、また食べられるようになる。

マグロはクロマグロだけではない。キハダ、メバチ、ビンナガなど日本近海を回遊するマグロ類もたくさんいるから、それらのマグロとクロマグロに近いミナミマグロ(南太平洋)を食べていれば、大西洋産に頼らなくてもやっていけるはずだ。

トロをありがたがっているいる人に告げておきたい。小生が子供のころはトロはマグロのアラで非常に安い部分だった。高価な赤身には手が届かない貧乏人が食べるものだったのである。

転載:
http://www7a.biglobe.ne.jp/~sai-take/kannwa.10.3.1.htm


■3月6日(土)満80歳

満80歳になった。生きている限り昨日は今日へ、今日は明日へと繋がっているのだから何と言うこともないが、人生の一つの節目ではある。今は「古来稀なり」といわれた古稀はごく当たり前になり、喜寿だってそう珍しいことではなくなった。そのうち米寿が今の喜寿ぐらいの気分で迎えられるようになるのかもしれない。

あまり長生きすると、福祉予算が膨らんで国の予算を圧迫することになるから遠慮しようなんて思わない。。何時まで生きるかは本人が決める問題ではない。自然の成り行きに任せて生きられるだけ生きてみたいと思う。これからどんなことが起こるかわからない。今のところたいへん高価で、とても行けそうにないけれども、宇宙旅行もして見たい。

小生の母親は満105歳まで生きた。肩を並べるまでにはまだ25年もある。これからの25年はさぞかし長い道のりだろうと想像する。もしも生きていればの話であるが、その間に経験したことをあの世に行ってからご先祖さまに話して聞かせたら、どんな反応をするだろう。

おそらく大法螺を吹いているとしか受け取られないのではなかろうか。それだけ現代は目まぐるしく変化している。例えばバスや電車の中、あるいは路上で携帯電話を使用している風景を長生きした母親でも知らない。ましてや戦後の傷痕が消えないうちに62歳で亡くなった父親は、日本の復興、繁栄も知らない。

そのように一世代で経験することが濃密になった現代だから、生きていること自体興味津々なのである。生きていても世の中の役には立たないが、もう少し娑婆塞ぎすることを大目に見て頂きたいのである。

■3月4日(木)物忘れ

家内が物忘れがひどいと言う。誰でも加齢に伴ってその傾向が強くなるから、病的なものでない限り心配することはないだろうと思っている。家内は最近後期高齢者の仲間入りしたから歳に不足はない。だから物忘れするのは当たり前だ。小生も人名や本の表題が出てこないことは珍しくない。しかし、月日や曜日を間違えることはない。

ところが家内はそれすら怪しくなったのではないかと疑わせることが今朝おきた。かかりつけの医者へ薬をもらいに揃って行ったとき、待合室の椅子がいっぱいで立っている人も居た。「ずいぶん混んでいるね」と言ったら「だって、月曜日だもの」という返事が返ってきてびっくりした。「今日は月曜じゃない。木曜日だよ」と訂正したら「あらそうだった」と気づいた様子。

その前に家で病院へ出かけようと「そろそろ行こうか」と声をかけたら、一瞬何に誘われたのか分からなかったらしい。「病院だよ」言われて、はっと気づいたらしく「血圧書いたのどこに置いたっけ」という。ものを置き忘れるのは名人だから気にも留めなかったが、その後病院での上記の会話があったからいささか心配になった。

単なる物忘れと病的なものとの区別はどんな兆候で見分けたら良いのか難しい。病的なものでも初期の段階なら進行を遅らせることができるらしい。周囲の人が異常行動に気づくようになってからでは遅いようだ。

「恍惚の人」にだけはなりたくない。小生も家内もそう願っている。そろそろ「物忘れ外来」がある病院へ行って診察してもらう時期なのかもしれない。


知らないことを学ぶことは楽しみです。知った段階から見る目が違うからです。今年は宗教です。初老を迎える私ですが、特に「東方典礼カトリック教会」を学べ事はお初です。去年から日曜礼拝に通っていてその辺の人が「賛美歌」を歌うのを聞いて新たな驚きでした。実に歌う音色は美しく、年の性か涙が出て来てしまったものでした。毎週日曜日は朝早くから鎌倉の「報国禅寺」に座禅を組みにいったものでした。ところが普段、目に入らない屋根の上の十字架の教会を導かれました。それも強制ではないスンナリと教会に入りました。