昭和61年11月に旧安田火災(現損保ジャパン)に代理店研修生として入社しました。当時の研修生制度には、2年間の研修をしてから代理店として独立する一般コースと既に在る代理店の後継者が6カ月間業務知識を習う後継者育成コースの2つがありました。叔父からは半年間安田火災で修行してくれと言われており私も半年安田火災で研修を受けた後には叔父の代理店で働くものと思ってました。ところが出社してみると2年間の一番コースの研修生になってました。というのも当時は一般の研修生を採用して1店でも多くの代理店を作るのが支社でのノルマであり、叔父が支社長から頼まれてOKしていたのでした。私はというと、静岡から履歴書を郵送しただけで採用試験も面接も一切受けてなく、本来支社長がすべき採用の手順は叔父の信頼の元スルーしており問答無用で2年間の研修生がスタートしました。
当時の安田火災には箱根の強羅にホテルのような研修施設があり、そこに全区から研修生が集められました。その際に記憶にあるのが、本社の部長だったかが挨拶して「今日は200名か、使い物になるのはせいぜい3%だからいいとこ5~6人だな、まぁ頑張って」とこんな感じの一言でした。当時は腹立たしいと思いましたが、今となればその通りと分かります。ですが、これから頑張ろうとしている皆に言う言葉ではないですね。
箱根での研修を終えて北海道へ戻り支社での保険営業がスタートしました。
これがまた悲惨な日々なんです。箱根で書かされた友人知人に保険を売りに行かされます。やってみましたが、数名には契約をしてもらいましたが他は断られて音信不通なんて同級生も出ました。私の場合、叔父が既に代理店25年のベテランで我が家も含めて親戚一同ぺんぺん草も生えてません。おまけに地元に戻っても同級生はほんの僅かしか住んでなくて宛にして行く所が有りません。そのことを担当者へ伝えると、ゼンリン住宅地図のコピーを渡され飛び込みしろと言います。はあ~?また飛び込みか・・・マーケティングとか教えてもくれません。おまけにロープレもパンフの説明しかしません。これが代理店研修生への指導なのか・・・・???
それもそのはず、保険会社の社員自身が営業を出来ないし知らないんです。もっと言うと保険会社に保険営業のノウハウが無いんです。このことは損害保険会社も生命保険会社も同じでした。なんと今も同じ状況です。だから折角保険営業職に就いても3年で97%もの方が辞めてしまうんですね。
取り敢えず言われた通りにするか、、、やってみました。
全く保険売れません(悲惨)。