ナルシスは、自分の顔を見るために揺れぬ鏡の水面を見ていたわけではありませんでした。
ナルシスは、水面と我像の間にある厚さのない鏡の不思議に魅入られていたのです。
それは限りなく薄く、質量すら存在せず、
どこまでも透明でした。
たまに風が吹きその鏡が揺れて自分の像が溢れ揺れるとき、ナルシスは不思議と目の前の像と違い自分の心が鎮まることを知りました。

私は鏡を見ます。
いつまでも合わせ鏡の世界で、鏡を見ます。
この反転した世界を評論するのです。

ナルシスは自分の姿に溺れて水面に飛び込んだのではありません。
彼は、自分のことを、反対側から見ようとしただけなのです。