今日のテーマは、お葬式を行う目的や意義についてです。
公式サイトの社長のひとり言よりの転載となります。
業界のバイブル本『葬儀概論』では、お葬式を行う目的が明確に挙げられています。
私も葬祭ディレクター試験を受ける時に隅から隅まで読みましたし、いまだに疑問を持った時など開くことがあります。
今日は、『葬儀概論』で書かれていることを解説しながら、実体験などをふまえてお話ししたいと思います。
かなり長くなりそうなので4~5回に分けて綴らせて頂きますね。
1、社会的な処理
人は社会に生きている存在ですから、社会がその死を処理する必要があります。社会にその人の死を通知したり、社会の人々が集まってその死を確認したり、現代で言えば死亡届を役所に出し、戸籍から抹消すると共に、相続などの手続きが必要になります。
(碑文谷創著 表現文化社『葬儀概論』より原文のまま転載)
人は一人では生きていけません。「自分は天涯孤独だ」という人でも、何かしら社会の恩恵を受けて暮らしています。電気やガスなどのインフラもそうですし、病院を受けるための健康保険や、収入が閉ざされた人には、生活保護で国から保証もされています。
現代でひっそりと亡くなることは現実的には難しいのです。(失踪などをしない限り)
死亡したら必ず公的機関に亡くなったことを通知しなくてはなりません。
さらに社会的な繋がりが多ければ多いほど…つまり、現役世代の方が亡くなった場合などは、その方が勤めていた会社だけでなく、取引先や人脈によって、その通知は多岐にわたります。
亡くなった方の社会や人との繋がりに応じて、通知する範囲が広がります。結果的に現役の方ですと、大勢の弔問客が訪れる葬儀(一般葬)となる傾向で、リタイアして20年以上経過し大往生した方などは、家族や親せきを中心に見送る『家族葬』が増えます。
2、遺体の処理
死者の身体である遺体は、生命を失うことにより腐敗を開始します。そのため、死者の尊厳を守るためにも遺体を土に埋めたり、火で燃やすなどして処理を行う必要が出てきます。死者との決別とは、見える形では遺体との別れです。したがって遺体を処理することは人との決別に関わることですから、単なる物理的な処理ではありません。
(碑文谷創著 表現文化社『葬儀概論』より原文のまま転載)
人間の神秘ですが、生きている間は絶妙なバランスで、生命活動が行われています。ところがその活動を止めた途端、それまで体内にいたバクテリアや細菌が繁殖し急速に腐敗が進んでいきます。動物の身体は放っておけば土に還るようにできているのです。
しかし、腐敗の経過において強烈な悪臭を発します。人気のない森の中などでしたら問題ないのですが、現代では放っておく訳にいきません。
そこで、化学が発達した現在では、ご遺体の腐敗を止めるために、ドライアイスや保冷施設などで身体を急速に冷やし、なるべく生きている間に近い状態を保つための処置をします。
ドライアイスがなかった時代は大変だったと思います。すぐに土葬や火葬をしないと、夏場などは急速に腐敗が進みます。それこそ真夏は1日放っておいたら相当進んでしまいます。
ですから、一昔前までの常識では、亡くなった翌日(時には当日)にお通夜をし、すぐに火葬していました。これらの常識は、ご遺体の腐敗に対する恐れがまずあったのではないでしょうか。
さいたま市では、火葬場がすぐに予約できることも減っていて、早くても2・3日ほどはご葬儀まで時間を取ります。(そもそも法律で死後24時間は火葬ができません。※感染症などを除く)
「少しでも早く葬儀をしたい。」という方もいらっしゃいますが、心の内では大切な人の肉体が腐敗することに対する恐れがあるようです。現代ではその点については、あまり心配しなくても大丈夫です。(初期対応さえ早ければ)
↑ご遺体をお守りするはるかの霊安室
ご遺体の状況を判断し、腐敗を未然に防ぐのも、葬儀社の大切な役割です。
さらに補足させて頂くと、焦ってすぐにご葬儀を行うよりも、数日空けて行ったほうが、死別と向き合う時間が作れたり、ゆっくりとお別れできる。といったプラスの要素が多いと思います。
葬儀の目的の内、最初の2つを話しただけで、かなりのボリュームになってしまいました。
次回からは
3、霊の処理
4、悲嘆の処理
5、さまざまな感情の処理
6、教育的役割
の説明と解説を予定しております。かなり長くなりますが、どうか最後までお付き合いくださいませ。
代表 小杉英介