
じゃじゃぁん

妊娠時代に東京の
おばからもらった
メリー的ジム
週末に出してソウマをおいてみると
思いのほか喜んでました

あぅー
はぅー
ってクーイングしてたまに笑ってるみたいな顔もします
もぅちょうかわいい
(笑)明日は電動のハイローチェアが届く予定

喜んでくれるといいなぁ

鳴き声に変化がでてきて、
ギャン泣きはすごい声量になったよ










コレをラストにしようと思うので駆け足で壮絶な
ところを紹介しますよ~のpart3です。
夜11時。
陣痛からすでに27時間経過。
すでに痛みは自分的にMAX![]()
でもついてくれる助産師さんの感じでは
まだだなぁというリアクション。。。
本当は内診してほしかったけど、
やっぱりお産が進んでなかったときのショックのほうが
大きいと思ったから内診はず~っとしてもらわなかった。
2009/7/23(木)深夜0時。
入院したときに最初に見てくれた助産師さんに再会。。。
その瞬間、私号泣・・・
助産師さん
「またあっちゃったね。。。
ごめんね。
1日で生まれると思うって言ったから、
頑張ったんだもんね。」
そう、
昨日の朝、この助産師さんとお別れするときに
「頑張って★今日生まれるよ」って励まされたのだ。
それが、それが、、、すでに1日たっちゃってますけど
って思ったら涙が止まらなかった![]()
で、意を決して 内診してもらったら・・・
「う~ん、子宮口4cmかな・・・」

こんなにがんばっても1日で1.5cmしか開かない
私の子宮はどうなっているんだ~~~って
号泣・・・
そこから6時間。。。
それはもうそれはもう痛いってもんじゃない。
壁を力ずくで押して「う”~あ”~ぐ~」とか叫びなが
ら呼吸法をどうにかこうにかやって痛みをにがす。。。
逃がしてるつもりですが逃げません。
朝の7時にまたシフトで助産師さんが変わり、
旦那さんもその日は仕事だったから8時にはいなくなる。
泣きたかったけどもう、何も食べれない状態で痛すぎて
涙がでなかった。。。
人は限界に近づくと涙が出ないんだって、
このとき生まれてはじめて知りました。。。
8時半に主治医の先生がやっときて内診するも
子宮口6センチ・・・
死にたい気持ちでした。
このときはもう痛みを逃がせなくて頭をかきむしり
叫び倒し、両母親は私が倒れないように支え、
もう私は野獣と化してました。
次にきた助産師さんは、前日笑ってるから内診しないよ
といっていたベテランさん。
その方が陣痛にもだえている私をみるなり
「だめ!息吹いて!力んだら子宮開かない!!」
って
一喝してくれました。
そのおかげで破水して、やっと子宮口8cmまできた。。。
本当はもう開かなかったら促進剤うって帝王切開する
空気になっていたんだけど、
私、実は最後まで逆子だったのを鍼やお灸やらで
頑張って治して帝王切開を逃れたのもあったから
下から産もうってそらもう頑張ってました。
あと2cmで分娩台にのれる・・・
でももうむり・・・かも・・・
ぁ~~~
実母と今ついていた助産師さんが部屋を出た瞬間。。。
私の血の気が引いていくのが自分でわかり、
「倒れる」と認識して冷静にそばにあった
ナースコールを押した。
助産師さんがすぐ飛んできて私に声をかけるが
私は会話ができない・・・
そこから私は痙攣して、全産婦人科医師が私の部屋へ
一気に来て緊急手術となりました。
陣痛38時間・・・痛みに耐えられなかったようです・・・
廊下で叫ぶ実母の
「○○、大丈夫だからね!!!」
という声。
私を手術室まで走りながら運び、
耳元で話すベテラン助産師さんの
「○○さん、私も一緒にいくから、大丈夫だよ!!!」
という声。
その声とあせっている先生達の空気を察して、
テレビドラマでみる危機迫る緊急手術のシーンが
今、あまりにもリアルに自分の身に起きている・・・
私は死ぬのかもしれないと本当に思いました。
それから2時間後、気がつけば病室にいて
私は無事、生きていました。
そして赤ちゃんもとっても元気でした。
心のそこから生きててよかったって思います。
出産は本当に命がけで行うんだって身をもって体験しました。
そして出産は決して一人ではできません。
助けてくれた病院の人たち、家族がいなかったら
私は産めなかった。
出産した日はすでに4人予定帝王切開の方たちが
スタンバっていて、最初の手術予定の人なんかは
麻酔打つ寸前に止められたと、後日で本人に
授乳室で聞いたりしました。
本当に本当に大変だったけど、
ずっと付き添ってくれた旦那さん、
最後は死ぬかもしれないと思わせてしまった両母へ、
これまでにない感謝の気持ちを持つことができたし、
家族の愛情と絆がすごく深まった。
やっぱり出産、最高です!!!
長くなったけどこれが私のお産ヒストリーでした![]()