<My Opinion>
インド人ジャーナリスト、ナヤン・チャンダがグローバリゼーションを5万年の通史で描き切るという大作。グローバリゼーション関連著書では大きく売れた「フラット化する世界(以下フラット化)」よりもグローバリゼーションを捉える時間軸が圧倒的に長く、グローバリゼーションに対する斬新な視点を提供してくれる。具体的には「フラット化」では1989年11月9日のベルリンの壁崩壊以降が記述の対象となっているが、本書は人類の起源近く!まで遡る。
著者の言葉を借りれば本書のイントロはこうだ。
「私のグローバリゼーションの物語は、解剖学的な意味での現代人が、約五万年前にアフリカから出発した旅の物語からスタートする。生き延びるという、たったそれだけの必要から始まった旅だったが、この人たちは最初の冒険家でもあった。彼らはそれ以降、何世代にもわたって移動を続け、地上の居住可能な地域を占拠し、さまざまな道を辿ってようやく定住生活を始め、各地に散らばる他の人間社会と接するようになった。」(上P10)
又、彼自身は本書の中でトーマス・フリードマンらの著作に対して下記のように述べている。
「事実、彼らの見方からすれば、グローバリゼーションは、大規模な貿易によって世界中の商品価格の平均化が生み出されたときから始まったとされる。しかし、グローバリゼーションをこのように経済的観点によって定義するだけでは、蒸気船が登場するずっと以前から世界が結びつきを深め、収斂してきたことを示す何千という事例を説明することはできない。」(上P6)
「世界的な結合が進んでいるという認識を映し出したグローバリゼーションという用語は、もともと世界化(グローバライズ)というプロセスそのものから生まれたものだ。このプロセスは、名前こそつけられることはなかったが、実は何千年もの間、静かに着々と進行してきたのだ。」(上P8)
どちらの著書がグローバリゼーションをうまく描いているかということはここではあまり問題ではないだろう。「フラット化」は我々が生きる時代に焦点を当ててグローバリゼーションを記述したことで、特に実務家には分かりやすくかつ詳細にグローバリゼーションの構造を説明している。「5万年」は人類の起源まで遡ることでグローバリゼーションに対する根本的に新しい視点を我々に提示しているというのが私なりの解釈だ。
グローバリゼーションを捉える時間軸が異なれば、必然的にグローバリゼーションを進めた「主人公」の描き方も異なる。「フラット化」ではグローバリゼーションの主人公はやはりインターネットでありITだ。「5万年」では人類が生存する為の根源的な欲求に基づいた行動全てがグローバリゼーションの主人公であると考える。
つまり、
「グローバリゼーションは自らの利益を追い求めるアクター(推進者)によって推し進められる一つのプロセス」(下P231)
というのが本書の大命題である。
本書の原題は“Bound Together”で、サブタイトルは“How Traders, Preachers, Adventurers, and Warriors Shaped Globalization”。交易商人、布教師、冒険家、戦士がグローバリゼーションを形成した「グローバライザー」であるという主張だ。
もちろん著者はグローバリゼーション礼賛一辺倒ではない。著者はグローバリゼーションを「数千年をかけ勢いを増してきた相互依存の複雑なプロセス」と捉えているので、グローバリゼーションそれ自体は不可逆な事象だと考えることができる。だが、その不可逆性を認識した上でグローバリゼーションがもたらす負の問題を実践的にどのように解決していけばよいのか。著者の問題認識としては下記の通りだ。
グローバリゼーションは一体化された世界を作り出した。多くの人が貧困から解放された半面、グローバリゼーションの速度が速まったために、世界のほぼ三分の一の人々が取り残されてしまった。これからの世界の課題は、こうした人びとをグローバリゼーションの過程に取り込むこと、中国やインドのような巨大な開発途上国に開放政策を続けるように促し、同時に西側先進諸国で高まり始めたナショナリズムや保護主義を食い止めることだ。(上P17)
世界銀行のブランコ・ミラノヴィチは、二〇〇三年に九十五カ国で実施した家庭収入調査の最新かつ詳細なデータを使い、アナリストのランドバークとスクワイアの結論----「われわれが得た確証は、開放経済で恩恵を受けるのは、微々たる利益であっても富裕層だということだ」に近づいた。平均的な中流諸国の経済水準が上がると、貧困層や中流階層の収入は、上位二〇パーセントの高所得者と比べて相対的には増えるとしながらも、ミラノヴィチは、「開放経済は以前よりひどい所得格差をもたらしているようだ」と結論づけた。(下P204)
本書では、ナショナリズムや保護主義にどのように対処していくべきか、又グローバリゼーションがもたらした異常なまでの経済格差をいかに解消すべきかについての問題解決策は提示されていない。
われわれは手を取りあい、急速に一体化するこの世界をもっと調和のとれたコースに向かわせることができる。われわれはみな結ばれているのだから。(下P235)
グローバリゼーションは野放しにすると結局、経済的大国がそうでない国への「搾取」の歴史を繰り返すことになる。上記のコメントは1つの精神論としては素晴らしいと思うが、問題解決にはより具体的な処方箋が必要だ。著者の次書ではこの「残された三分の一の人びと」に対する実践的な解決策を知りたい。もちろん自分でも考えてみつもりだ。
※なお本書の章毎のエッセンスは「松岡正剛の千夜千冊の1360夜」にうまく抽出されているので興味ある方はどうぞ。http://www.honza.jp/senya/1360
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