私の名前は、偶然にも夫の元に嫁いでみたら義祖母と同じ名前でした。義祖母さんは、昭和2年生まれで、71歳で癌のために亡くなられた方です。私はその方の孫ではなく、祝福結婚を通して白鳥家に入った「嫁」として、この名前を受け継いでいます。


同じ名前を持つことの意味を、私は長い間考えたことがありませんでした。けれども今、義父との関係が深くこじれて、顔を合わせるのも辛いほどの状況にある中で、「あなたは義祖母と同じ名前を持っているね」と指摘を受けたことをきっかけに、この出来事の背後に何か天の願いがあるのではないかと心が揺さぶられました。


人は誰しも、家系の中に「未完の願い」や「果たせなかった祈り」を背負って生きているのだと思います。祖母や先祖が歩んだ苦労や涙は、ただ過去に消えてしまうのではなく、子孫を通してやがて実を結ぶものです。聖書でも「父の願いが子に受け継がれる」と語られているように、歴史は繰り返しの中で回復されていきます。


そして、私が「義祖母と同じ名を持ってこの家に立っている」ことは、偶然ではなく、天が家系を整理し、癒そうとされるしるしではないかと感じるようになりました。


もちろん、現実の私はまだ義父を許せませんし、感謝の心境には遠いままです。けれども、その正直な姿のままで、**「同じ名前を持つ意味を受け入れ、家系に託された祈りを継いでいこう」**と思えるようになったのです。


祈りの中で、私はこう語りました。


「私はすぐに許せません。けれども同じ名を持つ者として、

少しずつ愛と平和の道を歩んでいきたいのです。」


そう宣言したとき、不思議と心に小さな光が差したように感じました。


家系の中での葛藤や痛みは、時に自分を押し潰すほど重いものです。けれども、その背後には、天の父母様(神様)が家系を癒し、過去を清算し、新しい未来を築こうとされる働きがあると信じています。これを「蕩減復帰」と言いますが、難しく言えば「やり残されたことを次の世代で取り戻す」道です。


私は義祖母と同じ名前を持つ者として、

その未完の祈りを少しずつ継ぎ、家系に光をもたらす歩みをしていきたい。


同じように、家族関係や家系の歴史の中で苦しむ方がいるなら、

どうか覚えてほしいです。

私たちの存在そのものが、天が願われる回復の道に立たされているのだということを。


今日から私は、この名前を誇りとして抱きながら生きていきます。